地震が来た、歴史もズレた
天正十二年十月。
夢の世界で空を飛んでいる茶々は、大きな揺れで飛び起きた。
「っ……!」
その直後に、於孝と萩乃が部屋に飛び込んできた。
「姫様!」
有無を言わさず布団を被せられ、床に伏せさせられる。
激しい揺れが、建物全体を軋ませた。
(地震……!?)
やがて、揺れはゆっくりと収まっていく。
「……姫様、萩乃、大事ないですか?」
「はい……於孝様のおかげで。」
「私は大丈夫よ。それより――」
茶々は顔を上げる。
「お初とお江は!?」
そのまま廊下へ飛び出した。
まだ夜明け前の廊下は薄暗く、不安を煽る。
「姉上ぇぇぇ!!」
お江が勢いよく飛びついてきた。
「怖かったわね……怪我はない?」
「はいぃ……うわぁぁぁん……!」
泣きじゃくるお江を抱き締めながら、茶々は辺りを見回す。
「おはつ……お初は!?」
一瞬、嫌な想像がよぎる。
「姉上ぇ〜……初は、ここに……!」
「ああ……!」
ようやく姿を見つけ、胸を撫で下ろす。
「怪我はない?」
「はい……須磨が覆い被さってくれました……。」
お初の乳母である須磨が、後ろからゾンビのような顔をしてヨタヨタと出て来た。
於孝と萩乃は須磨を慌てて支えていた。
「よかった……。」
三姉妹が顔を寄せ合った時……。
「お茶々!お初!お江!」
血相を変えた竜子が駆け込んできた。
三人の無事を確認すると、その場に崩れ落ちる。
「……よかった……。」
そのまま、寧々の指示で大広間へ。
余震は続き、誰もが不安を隠せない。
余震に怯えながら身を寄せ合い、朝を迎えた。
(……これ、天正の大地震か?あれ?天正十二年だっけ?……まぁ、いいや。実際に発生してるもん、考えたって分からん。)
大坂の被害は、揺れの割には軽微だった。
だが、近江や東海方面は壊滅的。
復旧が急がれる状況となっていた。
坂本にいた秀吉も、急ぎ大坂へ戻ってきた。
(……チッ。)
茶々は静かに舌打ちをした。
(そのまま瓦礫の下で潰れとけばよかったのに。
……悪運だけは強いんだから、ほんと。)
――もちろん、心の中だけである。
「長浜が……。」
「うむ。全壊した。」
寧々の元で、秀吉が淡々と告げる。
その言葉に、空気が重く沈んだ。
「長浜城は……お二人にとって、特別なお城なのでしょう?」
茶々の問いに、秀吉と寧々は静かに頷く。
「織田の御屋形様から、最初に賜った城やの。
……私たち夫婦の、始まりの場所やった。」
「今は、伊右衛門に任せておる。」
(伊右衛門……山内一豊か。)
茶々の脳裏に、記憶がよぎる。
(確か……この地震で娘が――)
「それにしても、お与祢は運の強い子ねぇ。」
寧々の言葉に、秀吉が頷く。
「あの地震で生き残ったからのぉ。怪我はあったが、命に別状はなかった。」
「それは……何よりです。」
(……は?)
茶々の思考が一瞬止まる。
(え、生きてるの?)
本来、あの子は命を落とすはずだ。
「瓦礫の隙間におったらしくてな。奇跡や。」
(……めっちゃ、強運じゃねぇか!!)
思わず心の中でツッコむ。
(まだ五歳ぐらいよね……?)
だが、茶々はすぐに考えるのをやめた。
(まぁ、いいか。
今さら“正史と違う!"とか騒いでもなぁ〜。)
何度も見てきた。何度も、ズレてきた。
(私が動いてる時点で、もう別物なんだし。)
小さく息を吐く。
(……ほんと、どこまで変わるんだろうね。
兎に角、今はまだ幼い女の子が生き延びた事を喜ぼう。)
この時、茶々は勿論だが、ここにいる全員はまだ知らない。
山内一豊の一粒種の与弥姫。
成長後に長宗我部家と縁を結ぶのだが……。
後に起こる関ヶ原の戦いで、長宗我部家を存続させるというファインプレーを起こした事を……。
しかし―― その話はまたいずれ。
「はぁ〜……それより、早う整えて三河の狸を……。」
しかし、その瞬間。バシィッ!!と乾いた音が、部屋に響いた。
「戦しとる場合かね!!おみゃあさ!」
茶々は、思わず目を見開いた。
(ええーー!?今、殴った?……よな?)
寧々の拳が、秀吉の側頭部に綺麗に入っていた。
怒ると尾張訛りになる寧々は、とにかく怖い。
「こりゃあ天命だで!」
寧々は一歩踏み出す。
「“戦ばっかりせんと、民を大事にしやあ”って、天が言っとるんだわ!」
「……天命、か。」
秀吉が小さく呟く。
「そうや!織田の御屋形様が亡くなってから、ずっと戦ばっかりじゃにゃー!」
畳を指で叩く。
「領地は?民は?ちゃんと見とったか!?」
――沈黙。
秀吉は、何も言わない。
「……そうやな。」
暫くして、ゆっくりと顔を上げた。
「戦しとる場合じゃにゃーな。」
すっと立ち上がると、そのまま足早に部屋を出て行った。
「おーい!佐吉ぃー!紀之介ぇー!!人を集めてちょうー!!」
遠くで、怒鳴るような声が響き、嵐のように去っていった。
「はぁ〜……全く、男は……。」
寧々は大きく息を吐く。
「武将の性、でございましょうか。」
竜子が苦笑する。
「それにしたってやわ!」
寧々は腕を組む。
「領地がナンボあっても、民がおらんかったら意味ないのに!」
「誠に……。」
茶々は、小さく頷いた。
(……ほんと、それな。)
その後、秀吉は各地の復旧に奔走することになる。
大坂城は慌ただしさを増し――そのまま年の瀬、そして年が明けた。
初の嫁入り支度が、本格的に始まる。
(……いよいよ、か。)
嬉しい。けれど、少しだけ……寂しい。
そんな複雑な感情を抱えながら、日々が過ぎていく。
その頃、徳川との和睦の証として、一人の少年が、大坂城へ送られてきた。
於義丸。歳は十二。
お江より、一つ年下の少年だった。
秀吉は、この少年を大層気に入り、養子として迎え入れた。
寧々もまた、我が子のように世話を焼いている。
「徳川様のご次男を……人質に?」
竜子が、ふと呟く。
「跡目となる御方では……?」
「徳川様の御嫡男は、三男の長丸君だそうです。」
茶々は静かに答える。
「それに――正室の築山御前様が、於万様の側室入りを認めなかった、と。」
「……なるほど。」
竜子は頷き、茶々は続けた。
「生母の家柄の差も大きいでしょう。」
「長丸君の母は、西郷家……吉良の血筋。
対して、於義丸殿の母は神主の家の出。
……差は、歴然です。」
竜子は少しだけ目を細めた。
「……詳しいのね。」
「小耳に挟んだだけです。(……萩乃たちに調べさせた、なんて言えないけど。)」
「つまり……於義丸殿は。」
竜子は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「徳川様に、最初から“跡目”とは見られておらぬ、と?」
「……はい。」
茶々は頷く。
「ただ――岡崎様と御新造様が、その扱いを憐れんで。」
一拍。
「認知させたそうです。」
「……そういうこと。」
竜子はふっと息を吐いて、じっと茶々を見る。
「……本当に詳しいわね、お茶々。」
(あ、やば。)
「小耳に挟んだ“程度”にしては。」
「……。」
一瞬、言葉に詰まるが……。
「たまたま、耳に入っただけです。」
何食わぬ顔で、そう返した。
(竜子姉様……。勘、良すぎるのよね……。)
茶々は、そっと視線を逸らした。




