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第四話 忍び寄る馬蹄の音

修道士ギベールの手記


この地、ブルゴーニュには、まだ異教徒の旗は見えなかった。

城壁は立ち、市は開かれ、農夫は畑を耕し、子供たちは野原や川辺で遊んでいた。


それでも、私は感じていた。

何かが既に動き出していると。

それは音ではなかった。馬蹄の響きではない。

むしろ、音が消えていくこととして現れた。


巡礼者が減った。

街道を行き交う歌声が消え、宿屋の炉は早く消された。


人々は理由を語らなかった。語る必要がなかったのだ。


「念のため」

「今は控えた方が良い」

その言葉が全てを説明していた。


修道院の門を叩く者が増えた。

だが、彼らは祈りを求めて来たのではない。

「東では、どこまで来ているのか」


それが最も多い問いであった。

私は答えられなかった。

なぜなら私も、そして誰もが知らなかったからだ。


ある夜、

東から逃れてきたという修道士が、回廊で立ち止まり、壁に手をついて言った。

「戦は突如やって来る」


その言葉は私の胸に深く沈んだ。


「角笛も、叫びも、火も、気づいた時には終わっている」

彼はそう言い、それ以上は語らなかった。


翌朝、

彼は旅立った。どこへ行くのかも告げずに。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


諸侯の判断


この頃、帝国の諸侯たちに招集がかけられた。

だが、全員が揃うことはなかった。


ある者は

「まだ時ではない」と言い、

ある者は

「我が領地は遠い」と言い、

ある者は

返書すら寄越さなかった。


彼らは皆、愚かではなかった。

それぞれに理由があり計算があった。

もし敵が来なければ動いた者が損をする。

兵を動かせば深刻な出費となる。

しかし、敵が来れば遅れた者が滅びる。



諸侯は互いの動きを見ていた。

誰かが動けば自分も動く。

誰も動かなければ自分も動かない。


その結果、誰も動かなかった...


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


フランス王ルイ


若き王ルイは、この沈黙を不安とともに見ていた。


彼は宮廷の回廊を歩き、細い指でロザリオの珠を繰り、しばしば立ち止まって祈った。

顔立ちは端正で、声は柔らかい。怒りを表に出さぬ王である。

彼は戦を憎んだ。

戦争は神が人に課した罰だと信じていた。


「もし、まだ来ていないなら」

彼は側近にそう語った。

「剣を手にかけるべきではない」


その言葉は正しくもあり、同時に現実を遅らせる力を持っていた。


彼は善意の人であった。

だが善意は正しい決断とはならない。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


修道士ギベールの手記


いつしか修道院では祈りの内容が変わっていった。

「敵を退け給え」

ではなく、

「もし敵が来るなら、我が心に耐える力を与え給え」


この違いは決定的であった。

人々は既に来ることを前提に心を整え始めていた。

それでも、誰も逃げなかった。

なぜなら、今すぐ逃げる理由がまだ論理として成立していなかったからだ。


敵は見えず、距離も分からず、時期も定まらない。

その曖昧さが人を足止めした。


この頃、私は夢を見るようになった。

馬の影がゆっくりと、しかし確実に地図の上を移動する夢である。

音は無かった。

そして東から地名が消えていく。


目覚めると私は気づく。

窓の外に馬蹄の音は聞こえない。

だが、心の奥の馬蹄の音は止まらない。静かに近づいて来る。

ーーー神よ、我を導き給えーーー

恐るべきモンゴル軍の噂に始まり、慣れ親しんだ世の中が崩れていく中で、人は如何に生きるのか、

老修道士が見た世界の終わりと始まりの物語

(全16話完成済み)毎夜8時に更新していきます

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