第五話 分裂
修道士ギベールの手記
旅の者たちや高位の宗教者たちからもたらされる噂話から、この世界の動きがおぼろげに浮かび上がって来る。
この頃、私はかなりはっきりと理解するようになっていた。
戦争よりも先に別の崩壊が始まっていると。
それは火でも血でもなかった。
言葉の意味が少しずつずれていく崩壊である。
同じ聖句を読み同じ祈りを唱えているはずの者たちが、
その言葉から全く異なる結論を引き出し始めた。
ある司教は説教壇でこう言った。
「これは神の罰である。ゆえに悔い改めよ。剣を取るな」
その声は朗々としていたが、人々の頬を引きつらせ虚空に消えていった。
別の司教は言った。
「これは異教徒の侵略である。剣を取らぬ者は信仰を捨てる卑怯者だ」
彼は声を荒らげ、顔を真っ赤にして拳を握りしめた。
どちらの言葉にも信仰への強い想いがある。
どちらが誤りとも言えなかった。
だが、両立しなかった。
修道院の中では沈黙が増えた。
かつては議論になった事が今は避けられた。
「兄弟よ、今は争う時ではない」
その言葉は争いを止めるためではなく、立場を曖昧にするために使われた。
私は回廊で一人の老修道士が壁に手を当てて何かを凝視している姿を見た。
「何を見ておられるのですか」
そう問うと、
彼は答えた。
「裂け目だ」
壁に裂け目は無かった。
だが、彼の声は真剣だった。
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諸侯の会合
帝国の諸侯がようやく集まった。
広間は広く、天井は高く、空気は重かった。
誰もが心を怒らせていた。
それは敵のためではない。互いのためであった。
ある侯爵が口火を切った。
「互いの協力が必要だ。我らは地方の諸侯同士でも強固な協力体制を築くべきだ」
その言葉は即座に反論を呼んだ。
「誰の指揮下で?」
「どの国から守る?」
「戦費はいかに分担する?」
「敗れた場合、誰が責を負う?」
問いは正しかった。
だが、答えは無かった。
議論は長引き結論は出なかった。
それでも、誰も愚かではなかった。
彼らは皆、自国を守ろうとしていた。
自国だけを...
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皇帝フリードリヒ二世
皇帝フリードリヒ二世は、これらの報を受け取り、長く黙していた。
彼は椅子に深く腰掛け、顎に手を当て、目を閉じた。
側近は、彼が祈っているのだと思った。
だが、彼は考えていた。
「一致団結は、恐怖からは生まれぬ」
帝国は理念だけでは動かない。
利害が一致した時だけ動く。
だが、利害が一致する前に事態は進んでいた。
分裂は選択の違いの結果だ。
ある村は武器を集め、ある村は門を閉ざし、ある村は何もしなかった。
互いに助け合うのは危険だ。
「こちらが安全でも、他人の危機に関わって巻き込まれれば、自国の力を削られる」
その言葉が理屈として通用し始めた。
分裂とは憎しみではない。合理の積み重ねである。
誰も裏切ったつもりはなかった。
誰も悪を選んだと思っていなかった。
ただ、同じ方向を向く理由が消えていっただけである。
この時、剣はまだ抜かれていない。血も流れていない。
だが、この分裂こそが最初の敗北となった。
そして、この敗北は誰にも気づかれず、
誰にも悔やまれないまま静かに進行していった。




