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第十二話 老将の死

修道士ギベールの手記


その知らせは勝利の報でも敗北の報でもなかった。

「老いた敵将が死んだ」


それだけの言葉が市場から修道院へ流れ込んだ。


噂は当初、軽かった。

人々はいつも敵の死を自分の救いに結びつけたがる。


「これで終わるのではないか」

「親玉が死ねば手下どもは散り散りになる」

私は、その言葉を聞いて背中に冷たいものを感じた。

なぜなら、既に我らは知っているはずだからだ。

この征服は頭一つで動いてはいない。

むしろ、頭がいなくても動くように作り替えられている。


支配者モンゴルの将の名は異名と共に我らのもとに伝わった。

スブタイ。

地図を読む者。戦を作り上げる者。遠い地の勝利を幾つも積み重ねてきた老狐。


だが、その忌まわしい名の通りであろうと、今はもうどうでもよい。

重要なのは、彼が死んでも世の中が何も変わらなかったことだ。


その日の夕刻、

異教徒の巡回は定刻どおりに現れた。

徴税の使者も同じ日に来た。帳簿は日々同じように記され、指示もいつもと同じように下された。

世界は、何事も無かったように回り続けた。


私はその晩、写本机の前で手を止め初めて明確に理解した。

我らが相手にしているのは一人の将軍ではない。世の中を動かしてしまう仕組みと、それを受け入れてしまった人々の心である。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


スブタイの死


スブタイは、モンゴル帝国の祖チンギス・ハンの配下における最も恐るべき将、「四狗」の一人である。

チンギスの時代からモンゴル軍の勝利に貢献し続けた。

チンギス・ハンの後を継ぎモンゴル帝国皇帝"カアン"となったオゴタイにも仕え、30数カ国を滅ぼし、60余度の会戦で全勝した不世出の戦術家であった。


彼は的確に敵の弱点を見抜き、それを突き潰すことを得意とした。

そればかりか、機動力の使い方と残忍さは驚くべきものであった。

バトゥの率いたこの西征で、スブタイは駅伝制を駆使し、数百、あるいは数千キロも離れた別働隊とほぼ時を同じくして連携するという精密な行軍を指揮した。

そして、抵抗する都市は容赦なく焼き払い、徹底した破壊で恐怖を植え付けた。


西征時、スブタイは既に60代後半であったが、カルカ河畔やモヒの戦いで欧州騎士団を翻弄した。

戦と敵地征服の立役者となったスブタイは、欧州を震え上がらせた"老犬"であった。



生涯にわたり苛烈に戦い抜いた老将スブタイであったが、戦場で死ななかった。

矢に倒れず、槍に貫かれず、剣で首を落とされることもなかった。

彼は天幕で死んだ。地図と帳簿のそばで、命令を整え、次の季節の動きを確かめながら。

皮膚は乾き、眼はなお鋭く、声は小さかったという。


彼は最後まで怒らなかった。

勝利に興奮せず、不測の事態にも嘆かず、ただ、必要なことだけを言った。

「道を守れ」「補給を切らすな」「状況を把握しろ」


彼の勝利は戦場にはもう残っていない。戦の跡は風に消える。

だが、彼の勝利は制度として残った。

命令の的確さ。罰の一貫。例外の排除。移動の速さ。連絡の正確さ。


それらは、作り替えられたこの世界を支配し、日常の積み重ねとなっていった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


バトゥ・ハン


大モンゴルを統べるカアン(皇帝)にと望まれたモンゴル帝国の影の実力者バトゥ。

彼は今、ロシアから西欧までを席巻し、広大な領土と民を支配していた。


バトゥ・ハンは、長年苦楽を共にした老将スブタイの死を聞いても顔色を変えなかった。

彼は言ったという。「死は順序の中にある」と。

バトゥは既に若くはないが、まだ老いてもいない。

瞳は暗く、口数は少なく、若い頃に比べ怒りを見せることは稀になっていた。

怒りを見せぬ者ほど周囲は恐れる。


そして、軍と世を動かす仕組みは途絶えない。

今や老将がいなくとも、軍は動き、行政は回り、徴税は続く。

バトゥが理解していたのは、征服の本質が人物の栄光ではなく、秩序の固定だということだ。

彼は神聖ローマ皇帝を殺さずに利用した。町を焼く時と残す時を分けた。

憎悪を一点に集めず、抵抗の理由を曖昧にした。

その結果、"征服"は、戦争を終えて"普遍的な日常"になった。



神聖ローマ帝国西部の都市アーヘン


街の中心には歴代の神聖ローマ皇帝が戴冠式を行ったアーヘン大聖堂が聳え立つ。

しかしバトゥとモンゴル貴族達はそこには居を構えず、街の北に広がる大平原に大小のゲル...組立式で移動できる円い天幕を並べ、最も大きなゲルにバトゥは住まい、オルダ(本陣)とした。

農耕民のようにひとつ所にしがみついたりはせず、いつでも自由に移動できるのが遊牧民族の誇りでありアイデンティティであった。


バトゥは豪華な調度を配した巨大なゲルの中におり、奥の寝所で若い女を侍らせていた。

女は東欧の公国の姫だった。物静かで胆が据わっている風情が気に入り、行軍に連れてきたのだった。

そして顔立ちがバトゥの好みに合っていた。

バトゥは東欧娘の肩を抱き寄せつつ想いに耽った。

(モンゴル娘のきめ細やかな柔肌が懐かしい...遠きモンゴルの高原から側室たちを呼ぶか...)

后のボラクチンは、東欧遠征についてこようとしたが、体調を崩したためルーシ国の街サライに残してきた。

しかし、側室たちを呼ぼうにも、厳しい自然環境の大平原、山々、そしてまたルーシの大平原、更に広大な東欧と帝国の領土を越えて、女達は健康を害すことも無く無事にここに辿り着けるだろうか。

我ながら、恐ろしく長い戦いの道のりを進んできたものだと、あらためて思った。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


修道士ギベールの手記


スブタイが死んだと聞いた翌日、修道院の門前で一人の農夫が私に言った。

「なんも変わらんみたいですなぁ」

それは怒りでも悲しみでもなかった。

ただ、事実の確認であった。


変わらない。それが最も恐ろしい。

もし敵が悪虐非道な行いをするならば、人は神に祈り、立ち上がり、憎むことができた。

だが、変わらない秩序の下では強い義憤は湧かず、人は慣れる。

慣れてしまえば信仰に頼るまでもない。


老将の死が何も変えないなら、今はもはや異教徒との争いの時代ではない。

既に文明が置き換わってしまった時代だということだ。


他の文明に置き換えられた中で、疑問を持たずに生活する世代がやがて生まれるだろう。

それは先祖達から見れば、もはや同胞ではないかもしれない。

遠い昔から伝えられて来た文化...人としての在り方が死ぬということだ。



私は祈る。

その祈りは、もはや「敵が去るように」ではない。

「問いを失わぬように」だ。


ーーー自分の在り方はこれで良いのか?ーーー


世界が変わっても、人が問いを捨てなければ、世界はまだ人のものである。

だが、問いが消えれば...

その時こそ、滅びは完成する。


私はギベール。

修道士であり、記録者であり、逃げなかった者である。

修道院の周囲を巡回する異教徒の馬の足音を聞きながら、

私は今日も祈りを込めてこの世界を記す。

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