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第五章:稲妻に打たれた絵師

「おばあちゃん、その『おじいさん』のお話、もっと聞きたい。神様のお家を追い出されそうになった時代に、どうしてそんなに強くいられたの?」


陽菜が身を乗り出すと、嘉代子は笑って、空の北極星を指差した。


「それはね、そのおじいさんが自分の中に、決して動かない『星』を持っていたからだよ。その人の名前は、葛飾北斎。世界で一番有名な日本の絵師だね」


第五章:稲妻に打たれた絵師


北斎さんはね、江戸の本所(今の墨田区)という場所で生まれたんだ。


そこには『柳嶋妙見やなぎしまみょうけん』と呼ばれる、日蓮宗の法性寺ほうしょうじというお寺があったの。


ここには『開運北辰妙見大菩薩』という、とっても力のある妙見さまが祀られていてね、江戸中の人たちが願いを叶えてもらおうと通いつめていたんだよ。


「北斎さんも、そこにお参りに行っていたの?」


「ええ、それもただのお参りじゃない。北斎さんがまだ若くて、ちっとも絵が売れなかった頃のお話だよ」


北斎さんはね、あまりに個性が強すぎて、絵の師匠から破門されてしまったんだ。仕事もなくなり、奥さんや子供を養うこともできなくなって、『もう絵描きなんてやめてしまおうか』と思い詰めるほど貧しかった。


そんな時、彼は柳嶋の妙見さまに、二十一日間の『願掛け』をしたんだよ。


「二十一日間も? 毎日?」


「そう。雨の日も風の日も。そして満願の日、つまり最後のお参りを終えて家に帰る途中だった。今の柳島橋のあたりで、突然空が真っ暗になって……ドーン! と大きな音がして、北斎さんのすぐそばに雷が落ちたんだ」


「ええっ! 大丈夫だったの?」


「北斎さんはその衝撃で田んぼの中に吹っ飛ばされて、気を失ってしまった。でもね、目を覚ました彼は、恐怖どころか大喜びしたんだ。『これこそ妙見さまが、私の願いを聞き届けてくれた証拠だ! 私の雷名(名前)は、これから世界に響き渡るぞ!』ってね」


陽菜は「すごいポジティブだね……」と呆れたように笑った。


「ふふ、それだけじゃないんだよ。北斎という名前そのものに、彼の妙見さまへの愛が詰まっているんだ。北斎の『北』は北極星のこと。彼は自分のことを『北にある書斎(北斎)』、つまり妙見さまのすぐそばにいる弟子だと名乗ったんだね。他にも『辰政ときまさ』という名前を使っていた時期もあるけれど、この『たつ』も北極星や北斗七星を意味する言葉なんだよ」


北斎さんにとって、北極星は単なる星じゃなかった。


空の星々がどれほど激しく回っても、あの星だけは一歩も動かない。


北斎さんは、自分の芸術もそうありたいと願ったんだ。時代の流行やお金の有無に振り回されず、宇宙の真ん中にある真実まことだけを描き抜く。


そのための勇気を、彼は妙見さまから受け取っていたんだね。


「だから、あんなにすごい絵が描けたんだね」


「そうかもしれないね。彼は八十歳を過ぎても『画狂老人卍がきょうろうじんまんじ』と名乗って絵を描き続けた。

この『卍』という記号も、仏教の幸福のシンボルなんだよ」。


彼が描いたあの大きな波や、真っ赤な富士山……その奥には、いつも自分を見守ってくれる不動の北極星――妙見さまの視線があったんだと思うよ。


嘉代子は空を指差したまま、陽菜の目を見つめた。


「名前が『天之御中主神』に変わっても、北斎さんが信じた星の輝きは何も変わらなかった。形や言葉が変わっても、消えないものがある……。さあ、夜も更けてきた。最後に、この長い物語の『結び』をしようかね」


陽菜は、夜空の北極星が、まるで北斎の描いた力強い筆跡のように輝いて見えるのを感じていた。



(第五章 完)


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