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第六章:今も空で光る、変わらないもの

「夜もだいぶ更けてきたね、陽菜」


おばあちゃんの嘉代子は、最後の一杯を湯呑みに注ぎ終えると、そっと陽菜の背中に手をおいた。


縁側の外では、夏の虫たちが合唱を続け、夜風が庭の木々を静かに揺らしている。


「おばあちゃん……。砂漠から始まって、中国で強くなって、お侍さんの守り神になって、名前を分けられて……。妙見さまって、本当にすごい旅をしてきたんだね」


陽菜は空の北極星を見つめたまま、ため息をついた。その瞳には、さっきまでとは違う、深い敬意が宿っているように見えた。


「そうだよ。でもね、一番大切なのは、名前や形がどう変わったかじゃないんだ。最後に、これからの陽菜に覚えておいてほしいことをお話しするよ」


第六章:今も空で光る、変わらないもの


明治という時代に名前を二つに引き裂かれた妙見さまはね、今、私たちの周りでどんな姿をしていると思う?


一つは、神社にいる『天之御中主神アメノミナカヌシノカミ』。

宇宙の根源として、すべての方位を守る一番偉い神様。


もう一つは、お寺にいる『妙見菩薩』。

私たちの悩みを聞き、北極星の光で道を照らしてくれる仏様。


場所によって呼び方は違うけれど、どちらもあの動かない北極星、つまり『北辰ほくしん』の精霊であることに変わりはないんだよ。

人々は、役所に何を言われても、自分たちが信じてきた「星への祈り」を捨てることはなかった。

ある村では、神社に変えられても、そのすぐ隣にこっそり小さなお堂を建て直して、変わらず妙見さまを祀り続けたという話もあるくらいさ。


「みんな、どうしても妙見さまを離したくなかったんだね」


「そう。それはね、人生という航海において、絶対に動かない『目印』が必要だと、みんな本能で知っていたからだろうね」


おばあちゃんは陽菜の手をそっと握った。


「北斎さんもそうだった。彼はね、絵の才能だけじゃなく、その『信じる力』がずば抜けていたんだ。どんなに貧しくても、師匠に追い出されても、自分は妙見さまに選ばれたんだという誇りを失わなかった。彼が八十歳を過ぎて描いた絵には、目には見えないけれど、あの北極星のような不動の輝きが宿っていると言われているよ」


「おばあちゃん、私も北斎さんみたいに、自分の中に動かない星を持てるかな?」


「もちろんだよ。これから陽菜が大きくなって、道に迷ったり、悲しいことがあったりするかもしれない。周りの友達が変わってしまったり、自分を取り巻く環境がガラッと変わったりすることもあるでしょう。明治時代の神様たちみたいにね」


嘉代子は優しく微笑んだ。


「でもね、そんな時こそ、今夜見たあの星を思い出してごらん。何千年も前から、砂漠の旅人も、中国の皇帝も、日本の武士も、北斎さんも……みんな同じ星を見上げて、自分の立ち位置を確かめてきたんだ。どんなに名前が変わっても、時代が変わっても、天の真ん中で光り続けるあの星のように、自分の『これだけは譲れない』という気持ちを大切にするんだよ。それが、陽菜にとっての妙見さまになるんだから」


陽菜は深く頷き、もう一度空を見上げた。


北極星は、まるで北斎の描いた鋭い光のように、一際強くまたたいた。


「さあ、物語はおしまい。そろそろお布団に入ろうか。明日の朝には、妙見さまが導いてくれた新しい一日が始まるんだから」


「うん。おばあちゃん、ありがとう。私、あの星のこと、一生忘れないよ」


二人が縁側を立ち、部屋の明かりを消した後も、北の空には変わらぬ一点が輝き続けていた。


メソポタミアの砂から始まった数千年の旅路は、今、一人の少女の心の中に、静かに、けれど確かな『軸』として受け継がれたのである。


(完)


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