第二章:姿を変える北方の王
「お茶が少し冷めてしまったね。でも、物語はここからさらに熱くなっていくんだよ」
おばあちゃんの嘉代子は、ほうじ茶を一口啜り、夜空に浮かぶひしゃくの形――北斗七星を指差した。
「さっきのメソポタミアの砂漠から、星の神様は長い時間をかけて東へ、大きな『中国』という国へ辿り着いたんだ。そこで、星の神様は、ただの光の点から、立派な『王様』へと姿を変えることになるんだよ」
「王様? あの星が?」
陽菜は不思議そうに空を見上げた。嘉代子は頷き、中国の古い神話の世界を語り始めた。
第二章:姿を変える北方の王
中国の人たちはね、昔から『秩序』……つまり、決まったルールで世の中が動くことをとても大切にしていたんだ。夜空を見上げた時、北極星だけが動かず、他の星がその周りをまるでお辞儀をするように回っているのを見て、彼らはこう考えた。
『あの不動の星こそ、全宇宙を支配する最高のご先祖様、天の皇帝(天帝)に違いない』ってね。
「そっか。周りの星は、王様に仕える家来たちなんだね」
「その通り。特に、あの北斗七星は天帝が乗る『空飛ぶ車』だと考えられていたんだよ。そして中国では、北という方角は『水』を司ると信じられていた。そこで生まれたのが、不思議な姿をした守護神『玄武』だったんだ」
嘉代子は空中に指で形を描いた。
「玄武というのはね、大きな亀に蛇がぐるぐると巻き付いた姿をしているんだよ。北の冷たい水を守る力強い霊獣だね。でも、物語はここで終わらない。時が流れるにつれて、人々はもっと強くて、もっと人間らしい神様を求めるようになったんだ」
そこで、亀と蛇の姿だった玄武は、恐ろしい力を持った『武神』へと変身したんだよ。
それが『真武大帝』という神様だ。
「えっ、亀が人間になっちゃったの?」
「そう。でも、普通の人間じゃないよ。その姿は、長い髪をざんばらになびかせ(披髪)、靴も履かない裸足の姿。右手には悪を切り裂く宝剣を握り、足元には元の姿である亀と蛇をしっかりと踏みつけているんだ。宇宙の悪しきものをすべて退ける、北の空の最強の戦士だね」
陽菜は少し怖くなったのか、嘉代子の腕に寄り添った。嘉代子は優しく続けた。
「怖がることはないよ。この力強い神様を、仏教の教えが優しく包み込んだんだ。そこで初めて『妙見』という名前が生まれる。サンスクリット語で『スドリスティ』、日本語に直すと『優れた視力』という意味なんだ」
宇宙の真ん中に座って、すべてを正しく見通す。誰が善いことをし、誰が悪いことをしているか、あの北極星の眼はすべてお見通し。
だから、人々は災いから逃れ、長生きできるようにと、この『妙見菩薩』に祈るようになったんだよ。
「妙見さまって、『全部見てるよ』っていう意味だったんだね……。悪いこと、できないなぁ」
「ふふ、そうだね。でもね、陽菜。妙見さまは怖いだけじゃない。暗闇で迷う人に、正しい道を示す『北辰』……北の道しるべでもあるんだから。この中国で磨かれた『強くて、すべてを知っている星の神様』が、次はいよいよ海を渡って、この日本へとやってくるんだ」
嘉代子は風に揺れる風鈴の音を聞きながら、少し声を低くした。
「日本にやってきた妙見さまは、そこでまた、日本の侍たちの心と不思議に結びついていくことになるんだよ。亀の上に乗ってね……」
陽菜は、夜空に輝く北極星が、今にも裸足の戦士に姿を変えるのではないかと、まばたきもせずに見つめ続けていた。
(第二章 完)




