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第一章:砂漠の夜、天の眼が生まれた日


「さあ、陽菜。そんなに首を長くして空を見上げていると、痛くなってしまうよ」


おばあちゃんの嘉代子は、縁側の古い木板を鳴らしながら、温かいほうじ茶を二つの湯呑みに注いだ。夏の夜、千葉の田舎の夜空は、都会とは比べものにならないほど深く、無数の光が散りばめられている。


「だっておばあちゃん、あの星だけ全然動かないんだもん。周りの星はみんな、あそこを中心にお遊戯してるみたい」


陽菜が指差したのは、北の空に凛として輝く北極星だ。嘉代子は目を細め、愛おしそうにその光を見つめた。


「よく気がついたね。あれが北極星……私たちがお参りしている『妙見みょうけんさま』の、一番もともとの姿なんだよ」


「えっ、あの星が神様なの?」


「そうだよ。でもね、妙見さまが今のような姿で日本にやってくるまでには、それはそれは長い、数千年の旅があったんだ。陽菜、その一番最初の物語、聞いてみるかい?」


陽菜は目を輝かせて、おばあちゃんの膝元に座り直した。嘉代子は静かに語り始めた。




第一章:砂漠の夜、天の眼が生まれた日


物語の始まりは、今から五千年も昔。


場所は日本からずっと西、砂漠の砂がどこまでも続く「メソポタミア」という場所だよ。

今のイラクやイランのあたりだね。


そこには、羊やラクダを連れて旅をする「遊牧民」という人たちがいたんだ。


彼らにとって、昼間の砂漠は地獄のような暑さ。だから、移動するのは決まって太陽が沈んだ後の、涼しい夜だった [1, 2]。


でも、夜の砂漠には道なんてない。一歩間違えれば、水のない乾燥した大地で迷子になって、命を落としてしまう。


そんな恐ろしい夜の闇の中で、彼らが命を預けたのが、あの動かない星――北極星だったんだよ。


「道しるべだったんだね」


「そう。でも、彼らにとってはただの地図の代わりじゃなかった。

暗闇の中で、自分たちをずっと見守り、正しい道へ導いてくれる『特別な存在』……つまり、神様そのものに見えたんだね」


最古の文明を築いたシュメールの人たちはね、彼らの言葉で神様のことを『ディンギル(Dingir)』と呼んでいたんだ。


面白いことに、この言葉を文字で書くと、きらきら光る「星」の形になるんだよ。

つまり、彼らにとって『神』と『天』と『星』は、もともと同じ一つのものだったんだね。


「神様イコール星、か……。かっこいいね」


「ふふ、そうだね。当時の北極星はね、今私たちが受けている星とは少し違って、りゅう座の『トゥバン』という星だったと言われているよ」


その星は、まるで天という大きな傘を支える『釘』や『軸』のように見えたんだ。

世界がどれほど変わっても、あの星だけは動かない。

その『不動の心』こそが、すべてを見通す『天の眼』として崇められるようになったんだよ。


やがて、この「星を神様として敬う気持ち」は、砂漠を越えてシルクロードへと運ばれていった。

商売のために何ヶ月もかけて旅をするソグド人という人たちがいてね、彼らもまた、夜空の星を頼りに荷物を運んだんだ。


彼らの知恵と信仰は、インドで仏教の教えと混ざり合い、ついには東の大きな国、中国へと届くことになる。


「そこで、妙見さまという名前に変わるの?」


「おや、察しがいいね。でも、中国に届いた星の神様は、そこでさらに驚くような変身を遂げるんだよ。亀に乗ったり、剣を持ったりね……」


おばあちゃんは湯呑みを置き、北極星の少し下にある、ひしゃくの形をした七つの星――北斗七星を指差した。


「次は、中国の王様や仙人たちが、この星をどう変えていったのか……その話をしようかね」


(第一章 完)



引用文献

1. 妙見信仰と真武信仰における文化交渉, https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/record/12311/files/1-02-03-NIKAIDO%20Yoshihiro.pdf 2. Big Dipper cult and Myoken worship in Japan | JAPANESE ..., https://japanesemythology.wordpress.com/2013/01/22/big-dipper-cult-and-myoken-worship-in-japan/ 3. Myōken - Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/My%C5%8Dken 4. Myoken Bosatsu, https://myoken-ji-usa.org/about/myoken-bodhisattva/ 5. 妙見菩薩と信仰 | 真言宗智山派 円泉寺 埼玉県飯能市|武蔵野七福神 ..., https://www.ensenji.or.jp/contents/category/believe/ 6. Early civilisations from around the world: Mesopotamia, China, Indus River Valley, the Mesoamerican empires | South African History Online, https://sahistory.org.za/article/early-civilisations-around-world-mesopotamia-china-indus-river-valley-mesoamerican-empires 7. 真武型妙見の変容, https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/record/24202/files/KU-1100-20230331-39.pdf 8. 『妙見信仰をめぐって』 - 円泉寺, https://www.ensenji.or.jp/cwp/wp-content/uploads/2023/07/201485202629.pdf 9. 平将門と北斗七星の謎② | お江戸サイト, https://oedo.site/wp/archives/731 10. 【(一) 論旨(神仏分離と改号)】 - ADEAC, https://adeac.jp/kudamatsu-city/text-list/d100060/ht001050 11. 神仏分離・廃仏毀釈の歴史経過 - Biglobe, http://www7b.biglobe.ne.jp/~s_minaga/myoken43.htm 12. 妙見社妙見大菩薩・妙見信仰 - Biglobe, http://www7b.biglobe.ne.jp/~s_minaga/myoken48.htm 13. 北斎こぼれ話 - 亀沢・北斎ネット, https://www.hokusai-dori.com/hokusaidori/kobore/ 14. 葛飾北斎像(1760–1849 江戸時代後期の浮世絵師) | 加藤巍山 | GIZAN KATOH, https://gizan.tokyo/portfolio-posts/katsushikahokusai 15. すみだと葛飾北斎 - みんな北斎プロジェクト, https://www.minnahokusai.com/hokusai 16. 北斎と法性寺|柳嶋妙見山法性寺Webサイト, https://hosshouji.tokyo/hokusai/index.html 17. 下町自転車散歩 #02江戸・下町のレジェンド北斎の名残をさがして(その2) - Global Ride, https://globalride.jp/trip-travel/shitamachi02_02_jp/?print=print 18. 葛飾北斎 文昌星図 魁星図 - 100選 | 島根県立美術館の浮世絵コレクション, https://shimane-art-museum-ukiyoe.jp/selections/c-selections/nagata/h13-01.html 19. 葛飾北斎の代表作は?人物像や生涯、画風、現在の価値を紹介, https://kotto-kotaro.com/news/detail/katsushikahokusai/ 20. 葛飾北斎と北辰妙見~映画「HOKUSAI(北斎)」に寄せて~|法住山 要伝寺 - 日蓮宗, https://temple.nichiren.or.jp/0041039-yodenji/2021/05/id4825/



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