第5話「笑われているうちは」
トーナメントの組み合わせが発表された。
一回戦。
第一試合 Aチーム対Dチーム。
第二試合 Bチーム対Cチーム。
第三試合 Eチーム対Fチーム。
第四試合 Gチーム対Hチーム。
一回戦四試合の判定成績上位四チームが準決勝に進出する。
勝敗だけでなく、旗の奪取時間や判定徽章の被弾率も加味される。
Fチームの相手はEチーム。
堅実だが突破力に欠けると目される。
守りを固めて時間を稼ぐ戦い方が得意なメンバーが揃っていた。
Fチームの試合は第三試合。
第一試合と第二試合が終わるまで、待つ時間がある。
フェリクスのDチームはAチームと対戦する。
組み合わせが発表された直後、通路でフェリクスとすれ違った。
「レイ。僕たちは第一試合だから、Aの戦い方を見る余裕がない。観察して記録を取ってくれないか」
「分かりました」
「あと、僕たちの試合も見ていてくれると嬉しいな。負け方にも情報はあるから」
フェリクスは手を上げて去っていった。
背中に力みはなかった。
Aチームと当たることの重さを、力まないことで受け止めている。
負け方にも情報はある。
それを頼む相手として自分を選んでいることの意味を、レイは受け取った。
***
一回戦第一試合。
Aチーム対Dチーム。
レイは観客の丘に座り、ノートを膝に置いていた。
開始の合図が鳴った。
Aチームの十二人が動いた。
レイのペンが止まった。
速い。
速いだけではない。
十二人が同時に動いている。
前衛が前に出ると同時に側面が開き、後方が一歩詰め、伝令が走る。
一つの判断が下されてから全体が動くまでの時間差が、ほぼゼロだった。
判断の主はディートハルト。
中盤やや後方の司令塔位置から全体を見て、指示を出している。
フェリクスのDチームが森林地帯を利用して側面攻撃を仕掛けた。
悪い判断ではなかった。
Aチームの前衛と守備の間に隙間が生まれるタイミングを突いている。
ディートハルトが右手を上げた。
それだけだった。
声は聞こえなかった。
右手を上げただけ。
Aチームの前衛三名が一斉に左に展開した。
Dチームの側面攻撃が到達する前に、攻撃経路が塞がれていた。
フェリクスの攻撃隊が森林の出口に出た時、そこにはすでにAチームの迎撃陣形が完成していた。
レイはノートにペンを走らせた。
判断から実行まで四秒。
攻撃の予兆を捉えてから配置転換を完了するまでの時間。
この速度は個人の能力ではない。
全員が指揮官の意図を先読みしているから可能になる。
隊列が一度だけ乱れかけた場面があった。
Dチームの前衛二名が捨て身で中央を突き、Aチームの左翼が対応に回った隙に右翼が薄くなった。
ディートハルトが司令塔位置から前に出た。
三歩。
三歩だけ前に出て、右翼の前衛の隣に立った。
それだけで隊列が整った。
指揮官が立っている場所が、そのまま陣形の軸になる。
そして立て直した次の瞬間には、もう後方に戻っていた。
レイのペンが止まった。
今の三歩を、もう一度頭の中で再生した。
前に出た三歩は完璧だった。
だが後方に戻る時、ディートハルトの右足が一瞬だけ、前線の方を向いたまま残っていた。
体は後退しているのに、足先だけがまだ前を向いている。
意識は後方に戻ろうとしている。
だが体は前に残りたがっている。
つまりこの男は、本能的には前に出たい人間だ。
司令塔位置に留まるのは理性の判断であり、体の癖ではない。
ノートの余白に一行書いた。
前に出る本能を理性で抑えている。
情報が正確な限り理性が勝つ。
だが情報が信じられなくなった時、この男は前に出る。
さらにもう一行。
前に出たディートハルトを止められる人間が、Aチームにいるか。
いない。
全員が指揮官に従う訓練をされている。
指揮官が動けば全員が動く。
止める人間がいない。
完璧に統率された軍は、指揮官が正しい限り無敵だ。
だが指揮官が間違えた瞬間、完璧な統率がそのまま完璧な崩壊になる。
開始から十八分。
Aチームが旗を奪取した。
フェリクスのDチームは善戦したが、一度も主導権を握れなかった。
来賓席から大きな拍手が起きた。
正攻法の最高峰。
起きたことの全てが圧倒的な、力の証明のような勝利だった。
レイはノートを閉じた。
最も重要な情報は、最後の二行に書いてある。
情報が正確であれば無敵。
判断の速さがそのまま強さになる。
だが情報が汚染されていれば、判断の速さはそのまま誤りの深さになる。
そしてこの男には前に出る癖がある。
前に出た瞬間、後方が空白になる。
ペンを閉じた。
使うかどうかは分からない。
だが帳簿に書かない数字は、頭の中にだけ残しておく。
***
第二試合。
Bチーム対Cチーム。
ジュリアスのBチームとナディアのCチームの一戦は、僅差だった。
ナディアの正攻法はジュリアスの柔軟な指揮と噛み合い、制限時間の二十八分まで戦況が動き続けた。
最終的にBチームが旗の奪取に成功したが、Cチームの判定成績は敗れた側としては極めて高く、残り二試合の結果次第で準決勝に進む余地を残した。
レイは第二試合を見ながら、ジュリアスの指揮を観察していた。
ジュリアスの指揮はディートハルトとは違う。
最善の判断を最速で下すのではなく、次善の手を三つ同時に用意しておく。
どの手が来ても対応できる柔軟さがあり、堅実ではないが崩れない。
そして何より、ジュリアスは楽しんでいた。
戦況が動くたびに目が輝き、予想外の事態を歓迎する指揮官。
予想通りに動くAチームとは対極にある。
ノートにもう一行書き足した。
Bチーム指揮官。
手口を知っていても機能する戦い方。
予想外を歓迎する。
つまり、こちらの手口が読まれた場合、最も危険な相手。
***
一回戦第三試合、Fチーム対Eチーム。
地形は森林と丘陵の混合で、風は朝と変わらず南東から。
試合開始まで十分。
フィールドの端の準備区画で、Fチームの十二人が最後の確認をしていた。
ハンスが前衛に配置を指示し、リーゼが伝令経路の最終確認をしている。
トーマは黙って木剣の柄を握り、手首を回していた。
回す速度は一定で、力みがない。
準備ではなく、いつでも動ける状態を維持しているだけだ。
準備区画の隅に、ハンスの荷が積まれていた。
食糧と水が七日分。
三日間のトーナメントに対して倍以上の備えは、手順書に書かれていない判断だった。
レイがハンスの横に立った。
「ハンスさん。一つ提案があります」
「何だ」
「制限時間は三十分ですが、十五分以内に決着をつけましょう」
ハンスが振り向いた。
「半分? なぜわざわざ自分たちを縛る」
「Eチームは堅実な相手です。時間をかけるほど守りが固まる。速攻がこちらに有利な理由が一つ目」
「もう一つは?」
「短い試合は、情報が少ない試合です。次の対戦相手に手口を分析する材料を与えたくない。見せるのは完成品だけでいい」
ハンスは黙った。
ディートハルトの試合を見た直後だった。
あの十八分間の圧力が、まだ目の奥に残っている。
「……十五分で勝てるのか」
「勝てなければ通常作戦に切り替えます。ただ、賭ける価値はあります」
レイの声は穏やかだった。
賭けると言っている言葉が、賭けではないことをハンスは分かり始めていた。
この男が「賭ける価値がある」と言う時、すでに賭けの中身は計算されている。
ハンスは前衛の四名を見た。
リーゼを見た。
トーマを見た。
全員がこちらを見ていた。
指揮官の言葉を待っている。
「やろう」
短い言葉だった。
前衛の一人が頷いた。
リーゼが伝令経路の図を畳んだ。
トーマだけは何の反応も見せなかったが、木剣を一度だけ強く握り直し、また力を抜いた。
力を入れたのではない。
力を抜くために一度握っただけだ。
この男の力の使い方は、いつも逆方向から始まる。
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