結婚式。
「君がマーガレット嬢か…三年間よろしく頼むよ。あぁ、でもこれだけは覚えておいてほしい。僕が君を好きになることは一ミリたりともない。だから絶対に僕のことを好きにはならないでほしい。あと、離れを用意しているから、本邸には近づかないように。僕の大事な大事な子猫ちゃんが住んでいるからね。」
ベールをしていてジェラール様の顔は薄っすらとしか見えないが、話をしていて吐き気が伴うくらいには受け付けない相手だった。
それにしても子猫ちゃんって…
王子でも言わないだろう。
「承知いたしました。本邸には近づきませんのでご安心を…私からもお願いがございます。ファレノプシス家では本当に愛する人以外にはベールの下を見せることを禁止されています。ですので、お話をする際はベールを着けることをお許しくださいませ。」
モニカが「そんな決まりはございませんが!?」というような目で見てくるけど、私は見えていないふりをして話を続ける。
「あと、私もそちらについて一切干渉いたしませんので、私のことも干渉しないでください。」
ごめんね…モニカ…ベールがあることで動きやすくなる部分も多いから、これだけは許してちょうだい。
ベールを着けていれば顔も見られないし、私の顔を知ることはないだろう。もちろんジェラール様が私のことを調べていれば別だけど…あまりそういったこともしていなさそうだ。
「家の事情であれば仕方がないな。僕も君を愛するつもりはないからちょうどいい。ベールを着けたまま生活してくれて構わない。離れにはメイドが必要か?」
「いえ、こちらで用意いたしますので大丈夫です。食費などもこちらはこちらで準備しますので、お気になさらないでください。夜会など夫婦で参加しなくてはならないものがあるときだけ、ご連絡いただければと存じます。」
フェザリス公爵家の息のかかったメイドなんて監視されていそうで怖い。それに侍女はモニカがいれば十分だ。
夜会は仕方がないが、極力関わらないことに越したことはないだろう。
念のため、今回の内容は約束を反故にしないためにも、今話した内容を紙に記しておく。書類にお互いにサインをし、それぞれ一部ずつ保管することにした。
「本当にこんな紙に書いておく必要があるのか? お互いが忘れなければいいだけじゃないか。」
公爵ともあろうお方が何を言っているのだろう。
「そうですね。お互いが忘れなければ…。ですが、絶対忘れないなんて言い切れますか? あとから『俺は言っていない』『私は言っていない』となれば、誰も証明できる人はおりませんので。三年間の契約結婚なのです。きちんと決めなくては成り立ちませんわ。」
この口ぶり…今まで何をするでも口約束のみで行ってきたのだろうか。それとも別の誰かが書類に起こしていたのか…。だったらいくらでも改ざんできるだろうけど…。
お父様じゃないけど、領地だけじゃなくこの家全てを徹底的に調べる必要があるかもしれない。
「そ、そういうものなのか。」
「えぇ。少なくとも私はそう思います。契約をするには信頼がとても大切ですから。自分を守るためにも…はい、こちら契約書です。」
契約書を渡すと、いよいよ結婚式の時間になった。
会場に弦楽器の音楽が流れ始めたのが聞こえる。
私たちはそれに合わせて会場内へ入った。
会場内へ入ると、私の姿を見て皆がザワザワし出す。
それもそのはずだ。
実は今日の結婚式…元々はクリスティーナ王女殿下とジェラール・フェザリス公爵の結婚式ということになっている。
これは国王陛下も知っている。
招待状を出し直すには時間が足りなかった。というのもそうだが、ただの契約結婚のために招待状を出すのがお金がもったいないと思ったのだ。
なぜ私が結婚することになったのかは、今日の結婚式でクリスティーナ王女殿下とジェラール様から直々に話していただけることになっている。
自分のケツは自分で拭けと言うのが国王陛下からのお言葉だ。
そして会場の中に入ると、私たちの横にクリスティーナ様と国王陛下が並んだ。
「皆の者。今日はよく集まってくれた。今日はクリスティーナとジェラール・フェザリス公爵の結婚式の予定で集まってもらったのだが…。そのことで二人から伝えたいことがある。」
国王の一言でザワザワしていた会場が一瞬で静まり返った。
クリスティーナ様とジェラール様が前に出て話し始めた。
「皆様、本日は私たちのためにお集まりいただきありがとうございます。この場を借りてお伝えしたいことがございます。私、クリスティーナ・オリヴィエとジェラール・フェザリスは結婚は取り止めとなり、私ではなく…グスッ…マーガレット・ファレノプシス伯爵令嬢が…グスッ、結婚することになりました…グスッ…」
自分たちがいけないのに泣く必要なんかあるのだろうか…。
クリスティーナ様の言葉に再びザワザワし出す会場…
――「なぜあんなに仲良さそうだったのに…」
それはただの演技だったみたいですよ。
――「クリスティーナ様だったから譲ったのに…」
それはすみませんね。私もつい先日聞かされたのです。
――「あの女が横取りしたのね。ファレノプシス伯爵って、私より爵位も下じゃない…」
全くもって横取りする気はございません。むしろ私も被害者です。
暇すぎて周りの言葉に耳を傾けている国王陛下が右手を軽く上げ、静寂さを取り戻した。
「皆様もさぞびっくりしたことでしょう。なぜこうなったのか簡単に説明いたします…」
クリスティーナ様は少し言葉を溜め込んだ。




