道中。
「姉上。声が大きいです。後ほど説明しますので、今は先に進みましょう。今日の目的地まで着かなくなってしまいます」
モニカの方を見てみると、初めから知っていたのか、顔色一つ変えずに荷物などを運んでいた。
スージーも知っていたのか驚いていないし、もしかして知らなかったのは私だけだろうか。
「そ、そうね……。とりあえず行きましょう。話はそれからで……。この馬車もファレノプシス家で用意したものだし、御者もマリガリーテ商会の人たちだから口は堅いわ。安心してちょうだい」
馬車に乗ったところで、馬車が出発した。
馬車に乗っている間は穏やかに時間が過ぎていく。
王都周辺は治安が悪いところもなく、順調に進めば一日で次の街にたどり着く予定だ。
馬車に乗り始めてから結構時間が経ち、昇り始めたばかりだった太陽も、今は真上に来ている。
「そろそろ馬も休ませないといけないし、この辺りで休憩にしましょう。それに、ディーの話も聞かないといけないしね」
モニカに話を聞こうにも、「ご自分で聞いてください」の一点張りで何も教えてくれなかった。
ナニカは何も知らなさそうだし、スージーも知ってはいそうだけど、モニカと同じで口は割ってくれず……。
一体どうなっているというのだろうか。
「そうですね……」
モニカが馬車の窓からサフィールに声をかけ、近くで休憩することを伝えると、それから三十分もしないうちに馬車が停まった。
***
サフィール視点。
姉上がフェザリス領に行くというのは、モニカからの報告書で知っていて、「姉上が動き出したな」くらいにしか思っていなかった。
フェザリス領。
広大な土地で、小麦の生産量が国一番の領地である。
天気や気温も安定しており、この二十年は大きな災害も起きていない。気温が安定していることで、小麦以外の野菜類も育ちやすい。確か……トウモロコシの収穫量も多かったと記憶している。
収穫量に関しても資料を見たところ、落ち込んでいるというわけではなさそうだ。
そんな領地の税金減額申請……一体何が起きているのか、気にはなっていたが……報告書が届いたら確認すればいいか……くらいに思っていたのだが、一人の来訪者によって予定は大きく変わることになった。
「サフィール……ちょっとこっちに来て!」
姉上に腕をつかまれ、ズルズルと皆から見えない位置に連れていかれる。
「姉上……痛いです」
さすがにいつもディグレッド王太子殿下と剣の稽古などしていただけある。力が強すぎて、姉上がつかんできた部分にくっきりと指の跡がついていた。
「ご、ごめんなさい」
「い、いえ……姉上は馬鹿力なんですから、力加減を間違えないようにしてください。言葉で伝えてくだされば分かりますから……」
「ば、ば馬鹿力って……って、それよりもどうしてあなたたちが来ているの? 来ていることはお父様たち知っているの?」
仮にも来ているのは王族と貴族……。まったく護衛をつけずに来るというのには無茶がある。
それに今回の件は、ディグレッド王太子殿下がフェザリス領に行くと言い出した手前、止めることができなかった。
もちろん、父上もだ……。
「俺たちが来たのには訳があります。それについてはディグレッド王太子殿下に直接聞いてください。あと、護衛の件ですが、こちらも抜かりありません」
護衛については、先にフェザリス領に旅人や商人に変装して入ってもらっているし、御者も護衛の変装だ。もし誰かに襲われても、すぐに対処できるようにだけは準備をしている。
それにディグレッド王太子殿下も俺もクレソン様も、戦えないわけじゃない。父上たちが今回の領地訪問に護衛として行っていいと許可を得られたのは、あくまでも自分の身は自分で守ること、というのが条件だ。
「ならいいのだけど……話の内容はディーに聞けばいいのね。戻って話をしましょう」
元来た道を戻り、姉上はディグレッド王太子殿下に話しかけた。
「ちょっと……ディー! そろそろ今回のこと、私にも教えてくれないかしら?」
ディグレッド王太子殿下の前で仁王立ちして見下ろせるのは、おそらく姉上くらいですよ。
そんな姉上を見上げて、ぽーっと赤く頬を染めている人……。
とても気持ちが悪いです……。
同じことをクレソン様も思っているのか、ため息をついている。
「ディー! 聞いているの?」
ディグレッド王太子殿下に顔を近づけて、早く話してと言っている姉上……。姉上不足だったディグレッド王太子殿下にとっては、これも立派なご褒美ですね……。
「あ、あぁ……すまない。実はな……ずっと行方をくらましていたクリスティーナがフェザリス領にいるという情報を手に入れたんだ……それで、護衛として入れば気づかれないかと思ってな……」
「え……? クリスティーナ様がフェザリス領にいるの?」
どうやら姉上も、クリスティーナ様がフェザリス領にいるというのは知らなかったらしい。
まあ、知っていたらモニカが連絡をくれるだろうから、本当に知らなかったのだろう。
「そういうことだ……それから、クリスティーナの相手の名前がわかった。クリストフ・バンギー二だ」
「クリストフって……クソ野郎じゃない! うちのお店に嫌がらせばかりするから、バンギー二商会も潰そうと思っていたのよね。これはいい理由ができそうね!」
嬉々とした表情で物騒なことを言える姉上……さすがですね。それを「かっこいいです」という目で見ているスージー……。
殿下も殿下だが、スージーもスージーだ……。
「でも、そうね。今回の件はバンギー二商会、その商会をひいきにしている貴族たち……あとはアニエスのことが少しでもわかってくれば、色々と見えてきそうね」
殿下がここにいるのはもう気にならなくなったのか、姉上はそれ以上、殿下に話を聞くことはなかった。
少し寂しそうな顔をしている殿下を見て、少しだけかわいそうだと思ったのは、心の内にしまっておこう。




