第8話 人生いろいろ
直人は端末で動画を見ながら、何となくこの社会のことを考えるようになっていた。
人間が働かなくても、社会を維持できるだけの生産力がある。
それなら、昔の人間が抱えていた「どうやって生きるか」という問題は、ほとんど解決しているのだろう。
代わりに、この社会で問題になっているのは、「何をして生きるか」ということらしい。
働かなくても社会から落ちこぼれることはなければ、働かないことが怠惰だとみなされることもない。
趣味や研究、芸術、子育て、ボランティア。
そういったものも、人生の活動として普通に認められている。
しかも、ただ認められているだけではない。
活動の内容によっては、土地を取得できたり、ペットを飼う権利を得られたり、果ては人類の代表として何かの仕事を任されたりすることまであるらしい。
直人からすれば、ずいぶんと不思議な社会だった。
仕事をしなくても生きていけるのに、何かを成し遂げたいと思う人間は大勢いる。
事実、科学研究の分野では、昔とは比べ物にならないほど多くの科学技術者が存在している。
脳のコピーなんてものまで研究されているらしい。
AIの発展とともに、人類は火星どころか木星や土星にまで到達し、将来的には太陽系の外へ飛び出す計画まで立てているという。
働かない人間もいる一方で、過剰なまでに発展を求める人間もいる。
そのどちらも、この社会では普通に認められている。
「普通に生活する奴とかは、少数派なのかもな」
直人はそんな独り言を漏らしながら、端末に表示された動画を眺めた。
タイトルは――【100m走爆破】。
画面の中では、何人もの人間が一斉に走りはじめる。
コース上には地雷が設置されており、走っている途中で次々と爆発していた。
「……何してんだ、こいつら」
直人は呆れながらも、動画を止めなかった。
こういう極端に馬鹿馬鹿しい活動ですら、この社会では一種の価値として認められることがあるらしい。
一発ギャグでさえ、社会的価値が認められた例があるという。
「一発ギャグが、社会的価値……」
直人は画面の中で爆発に巻き込まれながら走り続ける男達を見た。
「社会的地位が認められるほど、面白いギャグだったのかなぁ?」
もちろん、そんなことを直人が知るはずもない。
ただ、何を基準にして「価値がある」と判断しているのか。
それだけは、少しだけ興味が湧いた。
直人がそんなことを考えながら動画を見ていると、アィーダが口を挟んできた。
<直人さんは趣味としてキャンプは三日坊主ですし、最近のダンゴムシ飼育もさぼり気味です>
「俺が元いた社会ではアレはキャンプとは言わん。生きている実感のために体を張るようなことは、普通の奴はやらねぇんだよ」
<ですが、自然の中で自分の力だけで生活することに楽しさを感じる人は多いですよ>
「それは分かってるって。俺だって最初はチャレンジしたんだよ。実際は火はつかないし、雨は降るし、寝る場所もない。あれは趣味じゃなくて修行だろ」
<直人さんは、てっきり楽しまれたのだとばかり思えたのですが>
「死ぬかと思ったわ!」
直人は思わず声を荒らげた。
<それでは、ダンゴムシの飼育はどうでしょう。自然の中で活動するという点では、キャンプより安全です>
「ダンゴムシおもしろくねぇよ。葉っぱと野菜くず入れとくだけで、あとは何もやることねぇじゃん。最初は動いてるの見てちょっと面白かったけど、毎日見てたら、ただのダンゴムシだぞ」
<しかし、ダンゴムシにも個体差があります。観察を続ければ、それぞれの行動の違いなども分かってきますよ>
「そこまでダンゴムシに人生を捧げたくねぇよ」
<スポーツは危険だと言われますし、直人さんには向いていないのかもしれませんね>
「おまえ、コースの中に地雷が埋め込まれているこの100m走を見て、まだそんなこと言えるのかよ」
<これはギリギリのところで起爆するようにできていますし、終了した後での美しい記録映像は参加者の宝物になっているそうですよ>
「俺が元いた世界では、爆弾積んだドローンが人を殺してる映像がネットにアップされてたわ。絵面はあまり変わらんぞ」
<そんな時代もあったのですね>
「そんな時代もあったんだよ。だから俺は、わざわざ体を張って爆発する場所を走りたくないんだ」
<ですが、直人さんの世界にも、危険なことを好んでする人はいたのではありませんか?>
「そりゃいたよ。でも、それを見て楽しむ奴がいるのと、自分でやるのは別だろ」
直人はそう言って、改めて端末の動画を眺めた。
画面の中では、また一人がゴール直前で爆発に巻き込まれている。
<社会貢献や功績を残すことが出来れば、希望のペットも飼えますよ>
「俺は元から才能なんてねぇよ。成績は普通、スポーツも普通、仕事も……」
そこまで言いかけて、直人は口を閉じた。
未来でも、仕事をしようと思えば仕事があることは分かっていた。
ただ、それを見ないふりをしているだけなのは、自分でも分かっている。
アィーダは少し間を置いて、別の提案をした。
<歌を歌うのはどうですか? 直人さんが主張している、元いた世界という100年前でも、カラオケの文化はありましたよね?>
「俺は音痴だよ。一時的なストレス発散程度で、誰かに聞かせるようなものじゃない」
<別に歌が上手いか下手かは問題ではありません。どれだけ人らしいかが判断基準です>
直人は、その言葉を聞いて少しだけ首を傾げた。
すると、端末から聞き覚えのあるメロディが流れ始めた。
画面には、着飾った美人が映し出され、イントロが終わると、女性が歌い始めた。
⦅君がー居た夏はー遠い夢ぇーの中ぁ⦆
⦅空にー消えてえったー打ち上げ花火ー⦆
「あ、俺この曲、歌えるわ」
<歌いますか?>
「マイク、ないんだよね」
歌が流れ続けるが、直人は少し違和感を感じた。
「アィーダさんや、これは素人のカラオケ大会かい?」
<いいえ。この方は、高い社会的評価によって、人類文化保存功労者に認定されたアーティストの方です>
「……へ?」
直人は思わず画面を二度見した。
画面の中では、着飾った美人が、気持ちよさそうに歌っている。
ただし、直人の基準ではどう見ても音痴だった。
音程は微妙に外れているし、声も妙に不安定だ。
聞くに堪えないというか、これがコンサートで出てきたら、返金を要求してもいいレベルである。
「……これが文化保存?」
<はい。歌唱技術ではなく、人間が自分の声で歌うという文化的行為そのものが、高く評価されています>
「……下手でも?」
<はい>
直人はしばらく画面を眺めた。
「うん、まぁ……美人だから許されてるんだろうな」
そういうことにしておいた。
<この方は、美術部門でも才能を発揮しております。とても有名な方ですよ>
アィーダはそう言うと、画面を切り替えた。
そこに表示されたのは、何とも言えない絵だった。
「……なにこれ?」
<息子さんのジャガイモ掘りを描いた作品です>
「は? 息子が描いた絵で、なんで親が美術部門で優秀になるの?」
<いいえ。この方ご本人が描いた絵です。息子さんがジャガイモを掘っているところを描いたものです>
「…………」
直人は、もう一度その絵を見た。
どう見ても、【ジャガイモ掘りをした子供が描いたような絵】にしか見えない。
「……あ、うん。何というか……味があるね」
<はい。高い評価を受けています>
「そうなんだ……」
直人には、もはや何を基準に評価されているのか分からなかった。
<この方は、歌によって功績が認められ、広大な土地を取得しました。そして、息子さんの「ジャガイモ掘りがしたい」という希望を叶えたそうです>
「つまり……歌って、土地をもらって、息子とジャガイモを掘ってるの?」
<はい>
「……世界は広大だわ」
直人は呆れたように呟いた。
しかし、少しだけ羨ましいような気もした。




