第7話 産業廃棄物は一人一個でお願いしまーす
100年経った世界では、テレビ番組というものは姿を消していた。
ニュース番組も、情報番組も、天気予報も、決まった時間にテレビの前に座って見る必要はない。
出来事やお知らせを伝えてくれるAIが、その人に必要な情報を必要なタイミングで教えてくれるからだ。
多くの人は、AIが選んだ情報を受け取るだけではなく、自分で興味のある情報を探したり、自分で情報を発信したりしている。
直人も、特にやることがない時には、アィーダが仕入れてきた変な情報に耳を傾けることがあった。
別に趣味らしい趣味があるわけではない。
だからこそ、現代では想像もつかないような、この時代の趣味や文化を紹介されるのは、それなりに面白かった。
ただ、その中には「どうしてそんなことをやっているのか」と、直人には理解できないものもかなり多い。
特に変なのが、コレクションの世界だった。
ある日のこと、アィーダがいつものように情報を持ってきた。
<直人さん。近隣でコレクションの交換会が開催されます>
「交換会?」
<はい。貴重石交換会です>
「貴重石……」
初めてそれを聞いた時、直人はダイヤとかサファイヤとか、そういうものを想像した。
長い時間が経っても、宝石は宝石だろう。
特に女性にとっては、時代が変わっても美しいものへの憧れは変わらないのかもしれない。
そんなことを考えながら情報を見てみる。
石。
本当に石だった。
そこら中に転がっていそうな石。
何なら先日、二泊三日のサバイバルキャンプで、河原にいくらでも転がっていた。
「……これが貴重石?」
<はい>
「へー」
直人は画面を拡大した。
難しい名前の付いたカンラン石やら、大理石やら、御影石といったものではない。
名前すら付いていないような、ただの石だ。
ところが交換会では、その石を手にした人たちが真剣な顔で語り合っている。
「これは結構すごいですよね」
「そうですね。ここまで綺麗なのは珍しいと思います」
「私も似たようなものを持っていますが、これには負けますね」
「いやいや、そちらの石も相当ですよ」
何の勝負をしているのか、直人にはまったく分からない。
「アィーダ、これ何?」
<天然石のコレクションです>
「それは見れば分かる」
<模様、色、形状、重量、表面状態、内部構造、採取された場所、形成された過程、叩いた際に発生する音など、複数の要素を総合的に判断して価値が決まります>
「音まで?」
<はい。音を好む収集家も存在します>
「石だぞ?」
<石です>
どうやら直人が知らないだけで、この時代ではかなり一般的な趣味らしい。
しかも、コレクターと一口に言っても、かなり細かく分類されているらしい。
<撮影を中心とする撮り石。自分で石を拾うことを楽しむ拾い石。音を楽しむ音石。採取地を訪れることを目的とする旅石。交換を目的とする交換石などです>
「撮り石……」
直人はしばらく黙った。
「石を撮るの?」
<はい>
「電車じゃなくて?」
<石です>
もう何も言うまいと思った。
さらに、石の種類や形成過程、産地などを調べる鑑石、古い建築物や遺跡などに使われた石材を集める古石、人工的に作られた石を専門に扱う人工石など、趣味の世界はかなり細分化されているらしい。
「まあ、趣味なんだから好きにすればいいけどさ」
もちろんダイヤモンドやルビーなどの宝石を集める文化も残っている。
ただし、昔のように綺麗にカットされた宝石を所有することより、今では自然の状態を残した原石の方が好まれる傾向が強いという。
人工的に加工すること自体は、AIに頼めばいくらでもできる。
だからこそ、人の手が入っていないもの、自然にできたものや、偶然そこに存在しているもの。
そういったものの方が、コレクターにとっては面白いのだそうだ。
「でもさ、アィーダ。よく考えたら、お金のない世界なのに、みんなどうやって石とか手に入れてるの?」
<採取に問題のない場所で、個人が拾う分には問題ありません。元手はかかりません>
「ああ……」
言われてみれば、その通りだった。
そもそもこの世界では、物を売って利益を得ること自体の意味がない。
石を拾って、それを高く売って金儲けをしようと考える人間がいたとしても、そもそも買う側がいない。
むしろ古銭集めが好きなやつくらいしか、お金を欲しがる人はいないのだろう。
<コレクション品については、物々交換が主流です>
「なるほど」
<ここ10年ほどは交換会が盛んに行われており、特に天然石、貴石、歴史石、人工石の4分野が大きなコミュニティを形成しています>
「歴史石?」
<化石や隕石、古代の建造物などから採取された石材を含みます。歴史的価値が認められるものです>
「なるほどねえ」
何となく分かってきた。
分かってきたが、だからといって興味が湧いたわけではない。
天然石は普通の岩石から名前の付いた鉱石まで。
貴石は宝石の原石。
歴史石は化石や隕石、古い建物などに使われていた石材。
そして、今もっとも勢いがあるのが人工石らしい。
「人工石って具体的に何?」
<人工的に製造された石材です>
「それは分かるけど……人工物なんだろ?」
<はい>
「だったら珍しくないんじゃないの?」
ところが、そうでもないらしい。
例えば昔の建築物に使われていた人工大理石。
あるいは古い時代のコンクリート。
特殊な製法で作られた建材。
そうしたものが、いつ、どこで、誰によって、どのような目的で作られたのか。
それを証明できれば、歴史的な価値が跳ね上がる。
特にAIとロボットによる完全自動生産が当たり前になったこの時代では、人間が大量生産していた時代の製品そのものが歴史資料になる。
「つまり、昔の建材を集めてるってこと?」
<そのようなコレクターも存在します>
「……持ってても重いだけで、何がしたいのかよく分かんねえ」
直人は正直な感想を口にした。
だが、アィーダは交換会の情報を続けた。
<ちなみに、人工石の交換会が今週末に開催されます>
<会場では、現在では再現できない製造技術による人工石や、過去の建築物から保存された建材などが展示される予定です>
「今じゃ再現できない?」
<はい。現在では失われた製造工程や、当時使用されていた材料が存在しないものもあります。興味がありますか?>
少し考える。
「……まあ、冷やかしに行くくらいなら」
<承知しました>
「石そのものには興味ないからな」
<承知しました>
妙に素直なアィーダの返事が、なぜか少し気になった。
こうして直人は、これまで一度も興味を持ったことのなかったコレクションの世界を、暇つぶし半分、冷やかし半分で覗いてみることにしたのだった。
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自動運転車での乗り入れが制限されるほど、会場は大盛況だった。
どこから湧いたのだと思うくらいの人、人、人。
臨時で用意された三連のバスに揺られて、次々と人が運ばれてくる。
元の世界の通勤ラッシュをちょっとだけ思い出して、懐かしく感じた。
「さながらコミケみたいだ。」
直人にとっては、この世界に来て初めて見る人だかりだった。
おそらく何千人ではきかない人数だろう。
会場はアリーナだけではなく、併設されたスタジアムまで使われている。
それだけの広さがあるにもかかわらず、どこを見ても人で埋め尽くされていた。
「そんなに人気なのかよ……」
直人は呆れながら、人の流れに押されるように会場へ向かっていく。
そして中へ入ってみて、ようやくその理由が分かった。
展示されているものも、交換されているものも、全部――石だった。
「…………」
直人は思わず立ち止まった。
アリーナいっぱいの石。
スタジアムいっぱいの石。
そして、それを眺める人、人、人。
「……すげえな、石」
会場の一角に、がれきの山があった。
「一人一個でお願いしまーす」
何でも参加した人にガレキ……いや、貴重な石を配っているそうで、そこには長蛇の列ができている。
【一般国道2号 広島岩国道路 P15橋脚】
別に欲しいわけではなかったが、何事かと思って列の前の方にある説明書きを確認してみる。
どうやら、最近取り壊された高速道路の橋脚を持ってきたらしいが、そこに長蛇の列ができているのだ。
しかも、取り壊しには反対運動まで起こったのだとか。
「……これ、そんなに欲しいものなのか?」
産業廃棄物を持って帰って、いったいどうするんだろう?
庭にでも敷くのだろうか?
色々と見て回ると、石の他にも過去のガラクタが並んでいたりして、見ていて結構面白い。
「映像の世紀」と手書きで書かれたDVD-Rなんかも置いてある。
個人で録画したDVD-Rを、いったいどうするのだろうと思うと笑えてくる。
でも、考えてみれば、これも自分たちにとっては何でもないものでも、今の時代の人たちからすれば、過去を知るための貴重な資料なのだろう。
再生出来ればの話だが。
「……なかなかどうして、面白い世界だな」
直人はそう呟きながら、次の展示へと歩いていった。
会場のすみでは、個人の展示・交換会が活発に行われている。
しかし、どこを見ても石だらけだ。
中には登山のような大きなリュックを背負っている人までいて、かなり大変そうだ。
直人は少し呆れながら、その様子を眺めていたところ、突然後ろから声をかけられる。
「どうです、こういった物には興味ありませんか?」
ふり向くと80歳くらいの老人が、大小さまざまな石を5~6個と、ガラクタを並べていた。
無視するのも悪いので、パッと見たところ、一番小さな石に目がとまった。
水晶だろうか、アーチ状の岩の上にまるでミニチュアの山々が連なる小さな山脈、そう、さながらミニチュアの霊峰のようなたたずまいの石に目が釘付けになった。
「これはおしゃれですね、山並みのような小さな世界でいいですね」
「これは昔から家にあったものでね、でも最近はあまり流行らないみたいで、手放そうかと思っているんですよ」
そう言うと、老人は石の裏側を見せた。
どうやら観光地で売られていたものらしく、よく読めないが、プレートのようなものがくっついている。
おそらく土産物屋などで何万円もしたものだろうが、お金がない世界ではその価値はもうない。
自然石や人工石の中間のような扱いになるのだろうか。
人気がなくなったり、流行らなくなったりするというのも、なんとなく分からなくもない。
「手放すということは、もう引退されるのですか?」
「いやいや、家には色々ありましてね。どちらかというと、石より古物専門なんですよ」
直人は老人と話しながら、水晶の山がどうしても欲しくなってしまった。
しかし、物々交換するべきものは何も持っていない。
さすがに、ただで譲ってくれと言うのも気が引ける。
「この水晶の山はいいと思うのですが、残念ながら交換する手持ちがなくて。すみません」
そう言って、直人はふと、自分のポケットに入れたままの財布があることを思い出した。
携帯電話と共に100年前から持ち込んだもので、なぜか癖のように持ち歩いていたのだった。
「お金ならあるんですけどね」
そう言って、冗談交じりに財布から千円札を取り出した瞬間だった。
周りにいた数人が、ざわめいた。
「え?」
千円札を見た老人は、まるで貴重品を扱うかのように、恐る恐るそれを受け取った。
そして、紙幣を裏返したり表にしたりしながら、驚きの声を上げる。
「し、し、し……柴三郎」
そう言うと、老人はしばらく動かなくなっていた。
だが、突然、直人に言い放った。
「全部じゃ、全部やる、ここにあるもの全部!」
そう言うと、老人はくるくると踊りながら、どこかへ行ってしまった。
そして、直人に残されたもの。
素敵な水晶のミニ山脈。
あと、五キロくらいの石や、十キロくらいの石がゴロゴロと……。
「……どうすんだよこれ」
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<直人さん、石の交換会はどうでしたか?>
「……素人は下手に手を出すと痛い目に遭う、特に筋肉が」
直人はそう言うと、ダンゴムシの飼育箱にそっと水晶の山脈を入れた。
「まぁ、こういったコレクションに情熱を燃やすというのも悪くはないな」
そのころ、古銭業界では、100年前の使用済み千円札が非常に良い状態で発見されたと話題になっていた。
だが、その千円札がどこから出てきたのか、直人は知る由もなかった。




