第6話 何となくペットでも飼ってみよう
直人は表示された端末の情報をめくりながら、他の人がどんなことをやっているのか、何に興味を持っているのかを調べていた。
こうして見ていると、100年後の人間も暇を持て余して何かをするというのではなく、むしろ、仕事の代わりになるような「何か」を見つけることに、かなりの情熱を注いでいるように見える。
ポチポチとバカなことをやっている連中の記録を眺めていると、アィーダから提案が入る。
<前回のキャンプについて、改善するべき点がありました。シンプルで物足りなかった場合は、無人島からの脱出を目指すのはいかがでしょう>
「……」
<イカダを作って脱出すれば任務成功です>
なんの任務かは聞かなかったことにしよう。
ただ、100年後の連中が、なぜこんなにもアホなことに情熱をかけているのかは、何となく分かる気がした。
要するに、今の自分と同じなのだ。
何かを達成することによって、自分が生きている実感を求めているのだろう。
仕事がなくなり、生活に困ることもなくなった。
だからこそ、自分から面倒なことを探して、達成したときの喜びを味わう。
そう考えれば、キャンプと称したサバイバルも無人島脱出も、彼らにとっては必要なものなのかもしれない。
ただし、直人には少々刺激が強すぎる。
「なんでおまえらは血沸き肉躍る大冒険ばっかりなのよ? 危ねぇだろうが!!」
<安全性は担保されています>
「アホか! 前のキャンプだって、夜になって大雨が降って寒くて死ぬかと思ったぞ、あんなのキャンプじゃねぇよ」
<はい。新地球シミュレーターでは初日は雨でしたが、2日目の夜は素晴らしい星空が観測できたはずです>
「そんな余裕ねぇよ。食料なしで、ビール6本と川の水で2日放置とか、どこが安全なんだよ」
<生水を飲んでも大丈夫な直人様は、なかなかにワイルドですね>
バカだ、こいつら。
常識がずれまくってて前提がおかしい。人間がやっていることも大概だが、AIもバカだ。
直人が端末を眺めていると、アィーダはさらに別の候補を表示した。
<先ほど表示されていたスカイダイビングなどは、初心者向けですよ>
「いや、初心者向けって……」
スカイダイビングが初心者向けとは知らなかった。
100年前なら講習を受けて、一筆書いて、初心者はインストラクターと一緒に飛ぶくらい、
ガチガチに安全対策をした上で、それでも危険な遊びだったはずだ。
正気ではない。
「いやだよ。なんで危ないことばっかり勧めるのさ?」
<何か誤解されているようですが、スカイダイビングは安全です。パラシュートのような危ない装備はありません>
「パラシュートは必要だろ。何言ってるんだ?」
<場合によっては開かなかったり、絡まったりするパラシュートは危険な装置です。今はパラシュートなしです>
「……」
どこの世界に、パラシュートなしで飛ぶバカがいるのか。
いや、目の前のバカが勧めている。
「パラシュートなしでどうすんだよ」
<位置マーカーを付けていただき、好きなタイミングで自由に飛んでいただければ、あとはドローンで空中キャッチです>
「……それ、本当に安全なのか?キャッチに失敗したら絶対死ぬやつだろ」
<はい。非常に安全です、現在の方式になってからは、スカイダイビングによる死亡事故は21件しか発生していません>
「多いわ! しんどるやないか!」
思わず声が大きくなった。
21件も死んでいるのに、なぜ「しか」と言えるのか。
しかし、アィーダは特に問題があるとは思っていないらしい。
<安全になったおかげで、老若男女が参加するようになりました。そのため、高齢の方が飛行中に心停止するなど、いわゆる病死が18件です>
「なんでジジババ飛ばすんだよ止めろよ!」
<はい、今では、事前に持病がある方は参加できませんし、年齢制限も設定されています。残りの死亡事故3件は、人間側が位置マーカーを付け忘れた事例です>
「あっそ、俺はやらんぞ!」
<なお、ドローンによるキャッチ失敗など、AIによるミスは一件も発生していません。今なら空きがありますので、明日にでもできますよ>
アィーダの声には、ほんの少し誇らしげな響きがあった。
「やらねぇって!」
直人は頭を抱えた。
どうやらこの時代の「安全」という言葉は、AIが失敗していなければ安全、という意味らしい。
たぶん違うと思いたいが……。
それでもアィーダは、何事もなかったように次の情報を表示する。
<よりスリルを求められる方は、成層圏から飛ばれる方もおられます。音速を超える世界が体験できますよ>
「……」
真面目に聞いた自分がバカだった。出来ますじゃねぇよ。危ねぇよ。
「お前らの基準だと、バンジージャンプもヒモなしで飛んでそうだな」
<はい>
「はいじゃねぇよ!」
もう詳しく聞く気も失せた。
外に出る趣味はロクなものがない。
そう判断した直人はカテゴリを室内に切り替えて、いろいろと探してみることにした。
ところが、室内なら安全だと思ったのが間違いだった。
室内ロッククライミング、高さ50メートル。
「……」
写真を見ただけで高い。
室内温水プールでダイビング、深さ100メートル、しかもボンベなし。
「……いやいやいや」
室内カートレースに至っては、どのくらいスピードが出ているのか、写真を見ただけでもうヤバい。
室内騎馬戦は、ロボットに乗った人間が巨大な体育館を走り回っている。
「これ、ガンダムだろ……」
スポーツ系は、どれもこれもびっくり日本新記録の競技だ。
キャロライン洋子が出てきて、最後にキスしてくれると言われても無理だ。
直人はスポーツ系のカテゴリを閉じた。
「もっとこう、普通のないのかよ……」
そういえば、何かを作るのでもいいな。
畑仕事とかは途中で離脱できないし、何より世話を続けることが苦痛だ。
そう思っていた直人は、ふと気が付いた。
「世話か……ペットでも飼うか」
動画のカテゴリに、動物系があったのを思い出した。
それから8時間後。
犬のペット動画を見ながら、直人はボロボロと涙を流していた。
それはもう、悲しい物語――いや、ドキュメンタリーだった。
AIの発達後、驚くべきことに犬や猫の感情が、ある程度可視化されるようになっていた。
人間のように喋るわけではないが、楽しい、悲しい、怖い、嬉しいといった感情を、色や音によって人間に伝えることができる。
その動画は、かなり長期にわたって一般の人がアップロードしていたペット動画だった。
ある家庭に、一匹の子犬がペットとしてやってくる。
アーサーと名付けられた子犬は家族の一員として迎え入れられ、毎日を楽しそうに生きていく。
アーサーは風呂が大嫌いで、風呂場へ連れていかれると、不快そうな音と色を出しながら、必死に拒否する。
ところが、お母さんが「お風呂が終わったら犬用のジュースをあげるからね」と言うと、アーサーはその言葉をしっかり理解していることが分かる。
【風呂は嫌だ。でもジュースは欲しい。】
嫌そうな色と、少しだけ嬉しそうな色が交互に現れる。
その葛藤があまりにも分かりやすくて、直人は笑ってしまった。
単純で、愛嬌があって、憎めない。
とにかくアーサーは見ているだけで愛らしかった。
ドッグランでの騒動などは、もはや爆笑ものだった。
その姿を見ているだけで、直人まで楽しくなってくる。
そしてアーサーは、少しずつ成長していった。
家族の一員の誕生日を祝う。
お父さんが病気になったときには、いつもと違う様子を見せて心配する。
家族が喜べば嬉しそうにし、悲しんでいれば寄り添う。
AIの進歩によって、犬が何を感じているのかを、人間が以前よりもはっきりと理解できるようになっていた。
ただ可愛いだけではない。本当に家族として、愛情と絆を感じることができる。
それでも、犬の一生は人間より短い。
20年近く生きたアーサーも、やがて老いていった。
最後の2か月は、家族と一緒に穏やかな時間を過ごしていた。
そして亡くなる数日前から、アーサーは家族に感謝の意を伝え続ける。
最後の瞬間まで、アーサーは家族に「愛している」と伝え続けていた。
直人は画面を見つめたまま、涙を拭い叫んだ。
「アィーダ!犬だ。俺は犬を飼う!」
<……>
「お前はバカだと思ったが、このAI技術は素晴らしい! 犬は裏切らない!」
「いや、ドッグランではひどいとは思ったけど」
自分はまだ30代だ。あと20年、一緒に過ごせるのであれば申し分ない。
一緒に散歩に行ったり、旅行に行ったりするのもいい。
そうだ。アーサーの伝説のドッグランの場所にも一緒に行こう。
電動バイクにダルマと犬を乗せてウィリーとかしてあげよう。
「これだよ。これこそが、本来のAIの正しい使い方だ」
パラシュート無しで飛ぶなんて技術の無駄遣いだ。
そんなことを考えながら、直人が一人で盛り上がっていると、アィーダが静かに言った。
<ペットは単身者は飼えません。また、厳格な審査と資格が必要です>
「審査?資格?……なんで?」
<はい。ある程度の知能を有した哺乳類・鳥類・魚類に関しては、審査・資格が必要です。難易度は非常に高く、直人様が条件を満たすには20年ほどかかると思われます>
「……20年?」
<はい>
「20年後って……俺、55歳じゃねぇか」
<その頃には必要な条件を満たせる可能性があります>
「今飼いたいんだよ!」
直人は再び頭を抱えた。
<野生動物はダメですが、規制されずに飼育可能なペットもありますよ、飼い主同士のコミュニティも充実しています>
「じゃあどんなペットならOKなんだよ?」
<いま巷で流行っているのは……>
「流行っているのは……?」
<ダンゴムシです!!>




