第4話 ちょっと趣味でも始めてみよう
「暇だ……」
直人は床に転がりながら、独り言をつぶやいた。
別にやることがないわけではない。
映画に漫画にゲーム。娯楽はいくらでもある。
最初の1週間は映画を見まくった。
作品の中には立体映像で、まるで映画の中に入ったような体験ができる大迫力のものもあった。
……酔ったけど。
なにせ100年分である。
正確に調べたわけではないが、話題作だけでも100万本くらいはあるんじゃないだろうか。インディーズ作品やAI作品まで含めれば、もう無限だ。
一生映画を見続けても終わらない。
そう思った途端、急速に情熱が冷めていくのを感じた。
「まあ……いつでも見られるしな」
そう考えてしまうと、わざわざ今見る理由がない。
漫画についても、面白いものはたくさんあった。
たくさんあったが、映画と同じで、読み続けるにはそれなりのエネルギーが必要となる。
そして、いつでも読むことができると思うと、映画と同じく「今読まなくてもいいや」となってしまうのである。
次にハマったのはゲームだった。
ネット上には楽しいゲームが数多くあったが、これも多すぎて、どれからやっていいのかわからないくらいだ。
どのゲームでも人間とAIが入り混じっていて、白熱した戦いやら協力プレイが昼夜を問わず行われており、しかもみんなレベルが高い。
昨日今日始めたようなオッサンが、俺TUEEEできるはずもない。
負けても失うものはない。
サービス終了もない。
いつでも遊べる。
そんな緩い緊張感の中で行うゲームには、かつてのような、限られた時間と資本で戦うストイックな世界はなかった。
昔のゲームには、期間限定イベントがあった。
仕事が終わってから必死になってレベルを上げたり、発売日に買ったゲームを寝る間も惜しんで遊んだりもした。
今思えば、あの「今やらなければ」という感覚そのものが、ゲームを面白くしていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、直人はまた別のゲームを探し続けたが、いつしか探すこともやめてしまった。
1か月を過ぎたあたりから、直人はあてもなく旅をするようになった。
昔、修学旅行で訪れた場所や、インターネットで見たことがあり、いつか行ってみたいと思っていた場所。
そんなところを、思いつくままに訪れていった。
100年経っても変わらない場所、変わってしまった場所も含め、どこへ行っても、困ることはなかった。
食事もできて、寝る場所もある。夜中でも移動手段はある。
金の心配をする必要すらない。
だからこそ、旅をしていても、どこか物足りなかった。
「……昔は、もっと必死だったよな」
そんなことを思いながら、直人は観光地を歩いた。
そして1年を過ぎる頃には、それすら飽きてしまった。
観光地を見ても、最初の頃ほど感動しない。
映画も漫画もゲームも、やろうと思えばいつでもできる。
旅行だって、行こうと思えばどこへでも行ける。
何も困っていない。
何も我慢していない。
それなのに、何をしても「また今度でいいか」と思ってしまう。
ふと気がつくと、直人はまた元の街に戻ってきていた。
100年前、自分が住んでいた場所。
そこには、当時の面影はほとんど残っていなかった。
奇麗に整備された道路と、その脇に広がる緑地帯。
かつて建物が並んでいた場所も、今では緑の中に溶け込むように整備されている。
直人は車の窓から、その景色をぼんやりと眺めていた。
「あそこ……だったかな」
かつて、自分が住んでいたアパートがあった場所の横を通ったが、どこだったのか正確にはもう分からない。
100年という時間は、それだけ長かった。
そして、直人は与えられた元の部屋に戻ってきていた。
窓の外を眺めながら、自分はいったい何をしたいのか、わからなくなってしまっていた。
「……暇だ」
窓の外から視線をそらさずに、直人はもう一度つぶやいた。
<直人さん、最近「暇」という言葉をよく口にされていますね>
アィーダと呼ばれるサポートAIが突然声をかけた。
実際、コイツにはずいぶん助けられていた。
100年前の理不尽なバカ話や、かつて所属していた会社の愚痴なんかも、ちゃんと聞いてくれる。
「映画も漫画もゲームも飽きちゃったよ。たくさんあるけど、なんかこう……疲れるんだよ」
<直人さんは、ほかの人との接点が希薄であると感じます。もともとご友人は多くないとのことでしたが、平均以下どころか現在ゼロです>
「数えんなよ……いや、ゼロは数えるうちに入らんけど」
<現代社会においては、趣味嗜好を通じて共通の友人やコミュニティに所属することは、人生を豊かにするうえで非常に有効な手段ですよ>
「趣味かぁ」
<同じ趣味を持つ者同士で結婚するということは、現代社会においては常識です>
「結婚ねぇ……」
まあ、確かにそんな話を聞いたような気はする。
100年経つと、貧富の差がなくなり、金を持っている男が優秀というわけでもなくなっていた。
そもそも、生活するだけなら働く必要すらないのだから、金を稼ぐ能力を競っても仕方がない。
そうなると、男女ともに差別化する要素は自分磨きということになる。
街を歩けば、やたらめったらエステやボディケア系の施設がある。
筋肉モリモリの男が、いったい何を目指しているのか分からないような顔で街を歩いていたりもする。
直人も「結婚」というキーワードにちょっと反応したものの、独り身で何でもできるこの社会で、「……嫁、いる?」と考えるようになっていた。
<直人さんも、何か始めてみてはいかがでしょうか>
アィーダはあっさりと答えた。
そう言われると、生まれてこの方、ネットで動画を見たりする以外は、これといって何もやってこなかった。
趣味は何ですかと聞かれて、「映画鑑賞と読書です」と答えるくらいのものだ。
それだって、本当に趣味と言っていいのか怪しい。
映画も本も、暇つぶしにやっていただけなのだから、今の状態になっているのだ。
「趣味と言っても、またアホほど種類があるんだろ? 今の流行りはどんなものがあるの?」
<例えば、スポーツ、創作、収集、音楽、料理、動物との交流など……>
「それ、100年前にもあったよな?」
<もちろんです。ですが、それぞれ細かくカテゴライズされており、現在存在する趣味の数を正確に数えることは困難です>
「……どれくらい?」
<大まかな分類だけでも数千種類。細分化すれば、ほぼ無限です>
「また無限かよ……」
直人は天井を見上げた。
映画も無限。漫画も無限。ゲームも無限。
そして趣味まで無限。
「選択肢が多すぎるんだよ……」
<ですから、直人さんに合いそうなものを私が選別します>
「……最初からそう言ってくれよ」
思えばずいぶん前に、農業特区とやらで資格を取得して、人力のみで農業する人もいたっけなぁ。
汗だくになりながら鍬を振って、虫を一匹ずつ取り除くと言っていたおじさんの顔を思い出す。
その時は「なんでそこまでして……」と思ったものだが、本人は実に楽しそうだった。
仕事をしなくても生きていけるこの時代では、何に時間を使うのか、そのものが生き甲斐になっている。
今となっては、何となく理解できる気がした。
自分には、そこまで夢中になれるものが何もなかった。
<少し前に、直人さんが視聴されていた「本気キャンプで大人の基地づくり」というのはどうでしょうか?>
んー、言われてみれば、去年くらいにそんな動画を見た気がする。
木を切って葉っぱを集め、秘密基地みたいなものを木の上に作って寝泊まりする。
子供の頃に憧れた秘密基地づくりを、大人の力でガチで実現させるようで楽しそうではある。
静かな河原、自然豊かな場所で釣れた魚を焼いて、酒でも飲みながら星空を眺める。
今の何でもある生活から離れ、多少不便な環境で非日常を送る憧れというのは、100年経っても変わらないのだろう。
「うん、そうだな、いいなそれ」
<では、条件に合う場所とご要望の内容などはありますか?>
「せっかくなら、静かで夜空がよく見える場所がいいな」
<承知しました>
「あと、できれば河原とか。魚を取って、その場で焼いて食べたりしたい」
<承知しました>
「ロッキングチェアに座ってさ、酒を飲みながら星空を見るってのもいいなぁ」
<承知しました>
アィーダは、こちらの希望を一つずつ確認していく。
「キャンプって言っても、俺はあんまりやったことないんだよな。道具とか、何を持っていけばいいのかもよく分からん」
<ご安心ください。必要なものはこちらで準備します>
「それなら助かる。キャンプのやり方とか、初心者向けの本なんかないの?」
<ございます。端末から閲覧できます>
「へえ、便利だな」
それなら何とかなるだろう。
テレビや動画で見た程度の知識しかない直人にとっては、そのくらいで十分だった。
そして翌日、直人は意気揚々と、アィーダが指定した山奥へキャンプに出掛けるのであった。




