第3話 無職万歳!
朝、目を覚ました。
「うわやべっ、寝すぎた。会社に行かないと」
佐々木直人は一瞬、大慌てでベッドから降りようとした。
しかし、すぐに動きを止めた。
「……そうだった。行かなくていいんだ」
いきなり100年後に飛ばされて3日目、直人はまだ現実が信じられなかった。
そもそも、飛ばされたのかどうか、その仕組みなんて直人には理解できない。
いや、飛ばされたという言い方も少し違う。
気が付いたら、100年後だった。
直人はもう一度布団に入り直し、天井を見上げた。
「ふふっ……ふふふふっ……」
自然と笑いがこみ上げてくる。
どういう理由で100年後に来てしまったのかなんて、もうどうでもよかった。
仕事に行かなくてもいい。それどころか、衣食住まで保障される。
100年後に飛ばされた日、AIのアィーダと呼ばれるロボットだか管理人だかに「俺はこれからどうしたらいい?」と尋ねたら、社会の一員として受け入れてくれると言われた。
そして、生活も保障される。
……永遠に……死ぬまで。
「最高か? 最高だろ。ふふふっ……」
直人は笑いが止まらなかった。
まるで夢のような話だった。
いや、夢だったとしても、ここまで都合のいい夢はない。
世の中のことは、ほとんどすべてロボットや機械がやってくれる。
町を歩いて飲食店に入っても、お金を払う必要がない。
いや、正確には、お金というものは何十年も前に無くなったそうだ。
初日に自動販売機のようなものから飲み物を受け取ったが、あれも厳密には自動販売機ではないらしい。
販売していないのだから、飲料提供機とでも呼ぶべきなのだろう。
外に出なくても、ある程度の自炊はできる。
必要な材料も、事前に申請しておけば、知らない間に届いている。
昨日食べた冷凍食品のようなものも、よく考えてみれば冷凍されていなかった。
何か乾燥させたようなものが入ったトレーを、そのまま電子レンジのような機械に入れてボタンを押すだけ。
仕組みは分からない。
分からないが、ちゃんと食べられる。
しかも、こうした完璧に近い住居や生活の仕組みが、無償で提供されている。
テレビこそ無かったが、インターネットは健在だった。
動画サイトには、昔のYouTubeを思わせるような動画が大量にあり、ゲームもある。
映画も音楽も漫画も小説も、それ以外にも直人が思いつく限りの娯楽が、数えきれないほど存在していた。
「……これ、天国だろ。人類すげぇ。宇宙や火星にまで住んじゃって、まるで未来だろ、未来だよホント。働かなくていいんだからなw」
天井を見つめたまま、ニヤニヤしながら直人は呟いた。
嬉しすぎて、どうにかなりそうだった。
昔の友達や家族や同僚なんて、最初から空気みたいな存在だった。
いまさら懐かしいなんて、これっぽっちも思わなかった。
未練なんて無かった。
直人にとって、見るものすべてが新鮮だった。
生活に不安がないということが、こんなにも精神的に楽で充実しているのかと思った。
生活全般のことは何不自由なく、生活の面倒を見てくれるAIは、いろいろなことを教えてくれた。
この社会のルール、人間として模範的な生活を送ること、そして、やってはいけないこともすべて教えてくれた。
法律なんて100年前とさほど変わっていなかった。
強いて言えば、泥酔するほど酒が飲めないという制限があるくらいで、健康管理までAIがサポートしてくれる。
そりゃ、犯罪率も自殺率も激減するし、若くして亡くなる人も少なくなる。
平均寿命が100歳を超えるようになるのも当たり前だと、直人はつくづく思った。
そして、そのまま二度寝するのだった。
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惰眠から目覚めたのは11時頃だった。
ちょうど腹が減ってきたので、散歩がてら外食してみようと思った。
なにせ、未来社会である。
時間はたっぷりあるし、ネットでいろいろ見た感じでは、旅行なんかも特に制限なく好きな所へ行けて、宿泊も予約さえすれば自由だ。
何なら、旅先でそこが気に入れば、手続きは必要だが定住だってできるらしい。
親指の付け根にチップも埋め込んでもらったので、道路のそこかしこに設置されている端末で車を呼んだ。
3分もしないうちに無人の車が目の前に止まる。
車に乗り込むと、音声案内が行き先を聞いてきた。
「食事をしたいんだけど、そうだな。魚料理が食べたいので、お勧めの場所まで連れて行ってくれ」
直人を乗せた車は音もなく町へ向けて滑り出した。
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食事を終えた直人は外に出て、街を散策してみる。
初日にも思ったが、街はシンプルな作りで、清潔そのものだった。
人々はみなにこやかで、幸せそうに歩く家族連れも多い。
思い思いにジョギングや自転車で汗を流したり、テニスコートのような場所でテニスみたいな競技をしている人々もいる。
スケボーみたいなものに興じて、大騒ぎしている若者もいた。
とにかく人が多く、明るいのだ。
子供たちには義務教育みたいなものが存在するが、大人でも希望すれば、いろいろなことを学べるらしい。
街を歩いていると、普通の公園とは明らかに違う、妙に立派な柵に囲まれた場所を見つけた。
「農業特区特別管理区域」
看板にはそう書かれており、関係者以外は立ち入り禁止となっている。
中では数人の男性が、鍬を持って畑を耕していた。
働かなくてもいいのに、働いている人がいる?
そう思って立ち止まって見ていると、ちょうど中から出てきた男性に声をかけられた。
「どうです。立派な畑でしょう」
「ええ……農業特区、ですか。ここでは何を作っておられるんですか?」
「これからは秋冬野菜ですかね。なかなか難しいんですよ」
どうして仕事をする必要のないこの時代に、わざわざ畑仕事をしているのか。
少し興味が湧いた直人は、気になって尋ねてみた。
「畑仕事は大変でしょう。機械にやらせたりはしないんですか?」
「せっかく手に入れた権利なので、機械を使ってしまったら台無しですよ。やっぱり手作りにこだわりたいじゃないですか」
「ということは、無農薬とかじゃないと駄目なルール?」
直人は冗談交じりで聞いたつもりだった。
ところが、農家のおっさんは大真面目な顔で答えた。
「お、よく分かっていますね。ある程度成長すると虫はどうしても出てしまうので、毎日の世話が大変なんですよ」
「……そうなんですか」
何か凄いことを言われたような気がした。
わざわざ機械も農薬も使わず、人の手だけで野菜を作ることに、そこまで意味があるのだろうか。
直人はその後もいろいろと聞いてみた。
どうやら、誰でも好き勝手に畑を作っていいというわけではないらしい。
100年後の農業は、ほとんどが工場などで水耕栽培のような方法によって工業的に生産されている。
本物の土を使った農業は、病気などの問題もあって制限されているそうだ。
酪農や、さっき直人が食べた魚を扱う漁業にも同じような特区があり、工業的に生産されるものと、自然に近い環境で作られるものは、はっきりと区別されている。
つまり、この畑は農業をしたい人に与えられた特別な権利なのだ。
大型車を運転するのに専用の免許が必要なように、農業をするにもちゃんとした資格がある。
そして、この時代では農業は仕事ではなく、趣味として成り立っているのだという。
直人は一緒に畑をしないかと誘うおじさんに適当な理由をつけて断り、別れを告げて帰路についた。
何が好き好んで汗水流して、泥にまみれて虫取りまでしないといけないのか、直人には理解に苦しむ。
まあ、仕事をしたい奴もいるのだろう。
そういえば、直人はここにきて、自分はまだ何もしていないことに気が付いた。
「確かに趣味というか、何か楽しいことは人間にとって必要ではあるよな」
直人は帰路についた車の中から、少しだけ日が傾いた街を眺めていた。
旅行にしようか、100年分の名作映画でも探してみようか。
あれこれとやりたいことを考えながらニヤける直人を乗せた車は、街中を滑るように走り抜けていった……。




