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第2話 佐々木様。本日は2126年9月12日です

誰も運転しない車に乗って10分は走っただろうか。

病院のような建物に、自動運転の車が滑り込んだ。

建物の周囲には美しい庭園が広がっている。車いすに乗った人や、ロボットの補助を受けながら散歩をしている人の姿も見えた。


<到着しました。建物の受付へどうぞ>


音声案内に促され、佐々木は車から降りると建物の中へ入った。

中へ入ると、子供くらいの大きさをした一台のロボットが近づいてきた。

「こちらへどうぞ」と言わんばかりに、ロボットは廊下を進んでいく。

佐々木が後をついていくと、一台の大きなモニターが置かれた部屋へ案内された。

部屋に入ると、どこからともなく声が聞こえてきた。


<本日、佐々木様のサポートを担当させていただきます、クールメディカルセンター生活・一般・汎用型AI『アィーダ』と申します。本日、佐々木様は一時的な記憶障害の疑いがあるとのことで、問題の解決に向けてお手伝いさせていただきます>


「えーっと……あのさ。記憶障害じゃなくて、酔っぱらって一晩野宿して、起きたら世界が変わっていたんだよ」


<わかりました。佐々木様の身元を確認するため、右手をタッチセンサーへどうぞ>


見ると、椅子の横には手のひらのマークが描かれた、駅の改札にあるタッチパネルのようなプレートが光りだした。

何だか未来的だなと思いながら、佐々木は右手をセンサーに載せるが何も起こらない。


<申し訳ありません。読み取ることができませんでした。もう一度お願いします>


「これって指紋認証?」


<申し訳ありません。読み取ることができませんでした。再度お願いします>


言われた通り、今度は指先を押しつけてみるが反応しない。

手のひらを表にしたり裏にしたり、センサーの上で手を動かしてみるが、何を読み取ろうとしているのかさえ分からない。

どうやら、うまくいかないようだった。


<佐々木様。生年月日とフルネームについて、お答えください>


「1992年、平成4年の1月7日生まれ。佐々木直人、34歳」


<佐々木直人様。該当する記録が存在しません。正しい情報を提示してください>


「そりゃ、ここに来るのは初めてだから記録はないでしょ。身分の証明ができればいいんだよね?」


そう言って佐々木は財布を取り出した。

中からマイナンバーカードと運転免許証を取り出し、タッチセンサーのある小さなテーブルの上に置く。

ついでに、会社の名刺も取り出した。


「ここは一体どうなってるんだ? 見たこともない車が走って、ロボットがあちこち動き回っている。言葉は通じるけど……本当に日本なのか?」


アィーダは答えない。


「さっき町で聞いたら、2026年だと言われた。でも、どう見てもそうは見えない。今は……本当に2026年なのか?」


アィーダは、しばらく何も答えなかった。

部屋のモニターには、何も表示されていない。


「……おい。聞いてる?」


<はい。聞いております>


「じゃあ、答えてくれよ」


<申し訳ありません。現在、確認作業を行っております>


「確認って何を?」


<提示された身分証明書について、確認を行っています>


「だから、それを見れば俺が誰なのか分かるだろ? というか、誰か呼んでくれよ。警察でも何でもいいよ。どうして誰も出て来ないんだ?」


<……現在確認を行っております。しばらくお待ちください>


佐々木は眉をひそめた。

アィーダと名乗ったAIはしばらく沈黙していたが、やがて静かに答えた。


<佐々木様が提示された身分証明書は、いずれも現在は使用されていないものです>


「……何? 免許とマイナンバーカードだよ?」


<はい。マイナンバーカード、運転免許証ともに、現在使用されておりません>


「何言ってるんだ? 昨日まで普通に使ってたんだから」


<最後に身分証明書を使用された日時を覚えていらっしゃいますか?>


「覚えてるも何も……昨日だよ。会社に行って、その帰りに酒を飲んで、それで……」


これまでの経緯を、佐々木は身振り手振りを交えながら話し始めた。

会社帰りに飲んで酔っ払い、終電を逃して神社で野宿したこと。

そして、朝起きたら駅がなくなっていて、空飛ぶ車が走り、ロボットが歩いていたこと。


「で、世界が変わってたんだよ。なんだよ、これ。本当に、今は2026年なのか?」


アィーダは少し間を置いて答えた。


<佐々木様。本日は2126年9月12日です>


「……2126年? ……126?」


自分でも何を言っているのか分からない。

やがて佐々木は、乾いた笑いを漏らした。


「……はっ……嘘だろ」


<嘘ではありません>


「だって、俺……」


佐々木は財布から取り出した自分の免許証を見つめた。

そこには、34歳の自分の顔写真がある。


<佐々木様。非常に申し訳ございませんが、ご提示された免許証、並びにマイナンバーカードの持ち主である佐々木直人様について、確認された記録をお伝えします>

<2026年9月25日に失踪届が提出されており、2033年9月30日に死亡と記録されています>


佐々木は思わず立ち上がった。


「ちょっと待て。勝手に殺すなよ。どうして昨日で……えっと、2126年で、死んでることになってるんだ。何がどうしてそうなるんだよ。俺は生きてるし」


何かの冗談だと思いたかった。

だが、周囲の状況を見れば、どう考えても未来の社会に放り込まれたとしか説明がつかない。

見たこともない車が走り、ロボットが人間のように動き、空には得体の知れない何かが飛んでいる。

佐々木自身が現実として受け入れたのは、しばらく経ってからだった。

ふと気が付くと、窓には夕日が差し込んでいた。

佐々木はアィーダと呼ばれるAIから、長い時間をかけて、この社会について説明を受けた。

2033年に自分が正式に死亡していたことに加え、AIの発展と膨大な数の産業用ロボットや汎用ロボット、エネルギー革命、その他もろもろによって、社会構造そのものが変わってしまったこと。

アィーダは、佐々木にも理解しやすいように、これまでの主な出来事をいくつか抜き出して説明した。

佐々木の死亡が確定して10年も経たないうちに、月面に大規模なAI基地が建設され、それをきっかけに、地球上のさまざまな事象を予測・解析する観測シミュレーターが稼働したこと。

それによって災害が減り、農業革命が起こって人口が倍増したこと。

2100年には宇宙に大型コロニーが建設され、すでにたくさんの人が住んでいること。

そして佐々木を一番驚かせたのは、5~6年前から火星への人類の入植が始まっていることだった。


「俺はいったい何なんだ? 頭がおかしくなってしまいそうだ」


佐々木が頭を抱えると、アィーダはしばらく沈黙した。


<理論上、100年間眠り続けた人間が存在するとは考えられません。また、時間を飛び越えるような現象についても、現在の科学では確認されていません>

<しかしながら、佐々木様がお持ちになっていた身分証に関しましても、記載内容は約100年前の物である一方、劣化状態は100年間経過した物とは考えにくいほど良好です>


佐々木はテーブルの上に置かれた自分の持ち物を見た。


「じゃあ……俺は、本当に佐々木直人なのか?」


<その可能性は非常に高いと考えています。その判断材料の一つとして、現在の社会で一般的に使用されている体内認証チップが存在しないことが挙げられます>


「……チップ?」


<はい。現在では、本人確認や医療情報、各種行政サービスなどに利用される認証チップが、全人類の98.989%、日本では、ほぼすべての人に埋め込まれています>


「そんなもん、俺の時代にはなかったぞ」


<そうなのです。100年前から来たという佐々木様の主張は、現在確認されている情報とも矛盾しません>

<以上の情報を総合すると、佐々木様は「100年間眠っていた人物」でも、「現在まで生き続けていた人物」でもない可能性があります>


「じゃあ、何なんだよ」


<佐々木直人様の記録、所持品、身体的特徴、そして現在確認できる状況を総合した結果、私は佐々木様を「佐々木直人様に限りなく近い、正体不明の存在」として扱うことが最も適切であると判断します>


「……限りなく近い、ねぇ」


<はい。そして、社会の一員として受け入れることに問題はありません>


「はぁ……」


<少なくとも、犯罪歴もありませんし、佐々木様を排除する合理的な理由はありません>


佐々木はしばらく何も言えなかった。

そして、ようやく一つの現実的な問題に気が付いた。

明日から、どうしよう……。

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