第九話 糸
型紙が完成した翌日、素材の話になった。
トミエさんが作業台に生地サンプルを並べた。十二種類。白か生成り色のもの。番号だけ振られていて、商品名は書いていない。
「順番に触って。番号だけ覚えて」
私も触らせてもらえた。
一番から順に、手のひらで撫でた。
最初の数枚は正直わからなかった。柔らかい、普通、少し固め。その程度。
六番に触れたとき、何かが違った。
体温を取らない。でも、冷たくもない。手のひらに吸い付くのではなく、一緒にいる感じ。
私は六番の上に手を乗せたまま、しばらく動かなかった。
「どうした」
ヨシコさんが聞いた。
「……これ、なんか違います」
「どう違う」
「手が、忘れてる」
自分でも、何を言っているのかわからなかった。でも、それ以外の言い方ができなかった。
ヨシコさんが六番を取り上げた。
「それが候補の三番目よ。よく気づいた」
候補の一番目と二番目は、ヨシコさんとトミエさんが最初から決めていたらしかった。
私が六番を選んだのは、三番目の候補と一致していた。
「最終的には、この三種類を組み合わせる。一種類じゃ、人間の体の全部には対応できんけん」
「部位によって変えるということですか」
「そう。肩甲骨と、肋骨と、わきの下と、胸とでは、求められるものが違う」
私は書き留めた。
夕方、トミエさんが糸の話をしてくれた。
トミエさんは普段ほとんど喋らない。でも、糸の話をするときだけ、言葉が出てきた。
「絹糸と綿糸は違う」
「どう違うんですか」
「絹は皮膚と仲良くなる。綿は皮膚を守る。どちらが良いかは、目的によって変わる」
「宇宙の場合は?」
トミエさんはしばらく考えた。
「両方使う。縫い目の表側は絹。裏側は綿。皮膚に触れる面は仲良く、引っ張る面は守る」
私はその説明を聞いて、二つの言語が一瞬で重なった。
インターフェース(操作画面)の設計と、全く同じ構造だった。
ユーザーに見える表側は直感的に。処理を担う裏側は堅牢に。
「それは……コンピューター(計算機)の設計と同じ考え方ですね」
トミエさんが私を見た。
「そうかもしれんね。知らんけど」
それだけ言って、またミシンに向かった。
その夜、祖母のノートを開いた。
一九九九年。
二月八日
糸は布より正直よ、とフミコ先生(祖母の師匠)が言っていた。布は染めたり織り方を変えたりして誤魔化せるが、糸は素直に引っ張られ方を見せる。縫い目は、糸の正直さの集積である。
糸は布より正直。
私はその言葉を三回読んだ。
トミエさんの絹と綿の話。ヨシコさんの生地の機嫌。祖母の観察ノート。
全部が、同じことを別の言い方で言っている気がした。
身体は正直だ、ということを。
了
次回 第十話 言葉にならないもの




