表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SKIN/第二の皮膚  作者: 八雲 海


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/35

第十話 言葉にならないもの

 JAXA(宇宙開発の国家機関)への最初の経過報告書を書くことになった。

 城島さんから「二ヶ月後の報告会に向けて、進捗しんちょく資料を」と連絡が来た。社長は「あんたが書いてくれ」と言って、また奥へ消えた。

 私は三日かけて、資料の構成を考えた。

 難しかったのは、ヨシコさんやトミエさんのやっていることを、文書にすることだった。

 型紙かたがみの引き方。素材の選定せんてい基準。縫い目の設計。これらは全部、職人の身体と記憶の中にあって、数値や言語に変換されないまま完結していた。

 それを報告書にしなければならない。

 

 三日目の朝、ヨシコさんに相談した。

「報告書を書いています。でも、ヨシコさんの判断の基準が言語化できなくて詰まっています」

 ヨシコさんは手を止めなかった。

「何が困っとる」

「たとえば、素材の選定で六番を選んだ理由。私は『手が忘れる感じ』と言いましたが、それでは報告書に書けません」

「書けばよかとに、そのまま」

「JAXA(宇宙開発の国家機関)は数値を求めていると思います」

 ヨシコさんはミシンを止めた。

「あんたね」

「はい」

「数値で説明できんことは、存在せんとね?」

 私は黙った。

「数値は、わかりやすくするための道具よ。道具がないと伝わらんなら、道具を使えばいい。でも、道具がないと伝わらん、てことと、道具がなければ存在せん、てことは違う」

 私は、何かが変わる感覚があった。

 

 報告書を、二部構成にすることにした。

 一部は数値。採寸さいすんデータ(計測情報)。素材の物性値ぶっせいち。縫い目の張力ちょうりょく計算。これはJAXA(宇宙開発の国家機関)の技術者が必要とするもの。

 二部は言葉。ヨシコさんが若田さんの体を読んだこと。トミエさんが糸を選んだ判断。私が六番の生地を触って感じたこと。これは数値に落とせないが、なぜこの設計になったかを説明する。

 書き上げたとき、社長に見せた。

 社長はゆっくり読んだ。

「ヨシコさんやトミエさんに見せた?」

「まだです」

「見せてみて」

 

 ヨシコさんは報告書を受け取って、立ったまま読んだ。

 五分くらいかかった。

 読み終わって、私に返した。

「一つだけ違う」

「どこですか」

「若田さんの体について書いとる部分。『肩が前に入っている』て書いとるけど、正確には、『肩が前に入ろうとしている』よ。まだそうなっとらん。でも、そうなりかけとる。その違いが、型紙かたがみの設計に影響する」

 私は書き直した。

 「入っている」から「入ろうとしている」へ。

 たった三文字の差だったが、その三文字に、ヨシコさんの観察が全部入っていた。

 

 報告書を城島さんにメールで送ったとき、夜の十一時だった。

 工場はもう閉まっている。

 私は実家の自分の部屋――祖母のノートが並んでいる部屋――で、パソコンを閉じた。

 窓の外に、星が見えた。

 若田さんは、今夜も地球にいる。でも、いつか宇宙に行く。その人の皮膚に、ここで選んだ糸が触れる。

 数値にならないものが、一番大事なことかもしれない。

 それが、今日気づいたことだった。

 

 翌週、城島さんから返信が来た。

 一文だけだった。

 若田から「胸に刺さりました」と伝言です。

 私はその一文を、しばらく見ていた。

 何かを伝えることが、できた気がした。


次回 第十一話 試着


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ