第六話 報告
筑波から戻った翌日、工場で職人たちに報告した。
社長は「あんたがしゃべれ」と言って、奥の机で書類を広げた。
私はヨシコさんたちの前に立った。
正式な報告書を作る時間はなかった。ノートに箇条書きで書いたものを、そのまま読み上げることにした。
「JAXA(宇宙開発の国家機関)側の要件を整理します。対象は長期宇宙滞在クルー四名、男性二名、女性二名。滞在期間は百二十日以上を想定。開発するのは日常着用の肌着、主に上半身のもの。試作品完成まで十二ヶ月、評価期間六ヶ月の計十八ヶ月が目安です」
ヨシコさんが手を挙げた。
「試着は何回できるとね」
「クルーのスケジュール(日程)に合わせて、最低三回の試着機会を設けてもらえます。ただし、場所は筑波になります。こちらが出向く形です」
「宇宙飛行士の体を、直接診れるとね」
「はい」
ヨシコさんは腕を組んだ。
「若田さんとか言う人は、どんな体しとったね」
「……え?」
「見たやろ。どんな体か」
私は昨日の会議室を思い出した。スーツ姿の若田さん。落ち着いた動作。
「細いですが、肩が広い。体幹が強そうでした。座り方が独特で、背骨が真っ直ぐでした」
ヨシコさんは満足そうに頷いた。
「それでよか。数字より先に、体を見る癖がついてきとる」
私は少し驚いた。意識していなかった。
サチコさんが言った。
「宇宙飛行士の人たちを、工場に呼べんかね」
「……工場に?」
「ヨシコさんが体を診るなら、ここが一番やろ。筑波より、こっちの方が私たちがやりやすか」
私は社長を振り返った。社長は書類から顔を上げて頷いた。
「それは、相談してみます」
「相談じゃなくて、頼んでみて」
サチコさんは笑った。目が消えた。
「工場に来てもらわんと、布の機嫌がわからん。ここの光、ここの温度、ここの湿度の中で触らんと、本当のことはわからんとよ」
私は書き留めた。
報告が終わったとき、ヨシコさんが一言だけ言った。
「馬鹿げとる。でも面白か」
それが、この工場での「やろう」という意味だと、私はその時初めて理解した。
その夜、私は祖母のノートを開いた。
二〇〇二年のもの。
三月二十日
今日、初めて遠くの人のために縫った。名前も顔も知らない人。でも、採寸のデータ(数値情報)から体を想像して、その人の肩と、肋骨と、呼吸を想像して縫った。
届くかどうかわからない。でも、届くように縫った。
私は窓の外を見た。
久留米の夜は暗い。東京と違って、空に星が見える。
宇宙飛行士は、あの星の向こうで眠る。
その人の皮膚に、ここで縫った布が届く。
馬鹿げている、と私も思った。でも、面白いとも思った。
了
次回 第七話 来訪




