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Ghost Life~キミハヒカリ~  作者: Akira Clementi
第7章 魂の向かう先

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第99話 ウィッテン

 清涼感のある香りをまとった煙を漂わせ、振り香炉を揺らしながら、ウィッテンが草地を踏みしめる。ゆっくりとした歩みに合わせ、眠りが細く伸び、広がっていく。それは煙を挟んで中と外を隔てる結界だ。


 これ以上余計な霊が入ってこないように。

 館の中にいる悪霊を逃がさないように。

 それらの役割を持つ結界だった。


 件の妻の様子は医師でもあるエリオが確認に行っている。ふとウィッテンは、エリオは無事だろうかと考えた。

 もちろんなにかあれば、エリオのことだから窓のひとつでも開けて大騒ぎで外のウィッテンに報せるに決まっている。

 それでも老司祭が襲われたという話を聞いていたウィッテンの胸中は、あまり穏やかではなかった。


 エリオが気になるが、一応彼もウィッテンと共にそれなりの場数を踏んできたプロだ。エリオの無事を信じ、ウィッテンはできるかぎり目前のことに集中した。

 村の老司祭が施した清めよりも更に強力なこの結界は、清めの香とウィッテンの祈りの二つが揃って初めて完成する。務めの手を抜くわけにはいかない。それは依頼人だけではなく、自分たちの命をも危険に晒すことになりかねない。


 今回の依頼は、大聖堂を出発する直前に聞いた。大聖堂に戻っていたルーエル曰く、依頼人の妻に悪霊が憑いている可能性があるとの話だった。

 朝にセーフェルを飛竜で出発し、途中で休憩を挟みつつ飛竜で進める範囲のぎりぎりまで進んだ。飛竜の飛行可能距離を考えればエルディア村までは届くが、一晩飛竜が休めるだけの設備が整っていない。その為、飛竜は単体で大聖堂に日帰りさせなければならかなった。

 途中で飛竜だけ大聖堂に帰らせ、中継地の教会で飼育している馬を借りて移動した。こちらも休憩を入れつつ出来る限り急いだのだが、エルディア村に着く頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。エリオが移動続きで尻が痛いと騒いでいたが、それはウィッテンも同じだ。それに尻の痛みよりも、一日で長距離を北上して来たせいで、夜風の冷たさが特に身に染みた。


「神と聖なる大樹の名において」


 館の周囲を一周してきたウィッテンが、祈りの言葉を口にする。

 これで結界は完成した。死者はどんな者であれ、この境界を越えられない。逃げ道を断ったのだから、あとは二階で眠っているはずの妻に憑いているであろう霊を確認し、祓うだけだ。


 しかし本当に、フレデリックの妻はソフィアなのだろうか。


 ウィッテンはフレデリックに紹介されたときから、ずっと疑問だった。


 ベッドで眠る『妻のソフィア』は、かなりやせ衰えているものの、ウィッテンが知る『幽霊少女のソフィア』とよく似ていた。もしどちらも本物の『ソフィア』だとすれば、幽霊少女の方は生きている体から抜け出た生き霊という話になる。

 肉体と魂は、魂から伸びた無数の念糸で強く結びついている。長時間魂が肉体から離れるという状態は、念糸の結びつきが弱まっているという証拠だ。それはやがて肉体が死んでしまう可能性があった。

 それを考えれば『妻のソフィア』のやつれ方は納得がいくが、『幽霊少女のソフィア』の健康そうな姿を思い返すと、どうにも同一人物とは思えない。


 以前『幽霊少女のソフィア』は大聖堂で会ったとき、自分は双子だと言っていた。彼女が生き霊と考えるよりは、ベッドで眠っている『妻のソフィア』を彼女が言っていた双子の妹と考える方がしっくりくる。


 だとしたら、なぜフレデリックは『妻のソフィア』と紹介したのか。


 ウィッテンが知っているソフィアと、ベッドで眠るソフィア。いったいどちらが本物のソフィアなのか、ウィッテンは決めかねていた。

 自分の気持ちだけで考えるならば、幽霊の方が本物のソフィアのような気がする。だがフレデリックはフレデリックで、ベッドで眠っている方を本物のソフィアだと信じているかもしれない。


 任務自体は、おそらくどちらが本物のソフィアかを調べずとも解決できそうな事件だ。しかし、『幽霊少女のソフィア』から妹へと託された伝言のこともある。下手につついてはフレデリックや周囲の人間にいらぬ不安の種を蒔いてしまう可能性があるだけに、ウィッテンはどう確認したものかと悩んでいた。


 ひとまず結界は張り終えたのだから、エリオのところへ戻らなければ。

 いくら『妻のソフィア』は薬で眠っているとはいえ、その状態にもかかわらず村の老司祭が襲われたのは本当なのだ。いつまでも『妻のソフィア』の部屋に、エリオをひとりで残しておくわけにはいかなかった。


 館内に戻り、二階への階段を上がる。踊り場へさしかかったそのとき。


「ウィッテン! 逃げた!」


 エリオの声が聞こえてきた。同時に、なにかが思い切り体当たりしてくる。あまりの勢いに思わずよろけるウィッテンを残し、人影が走り去る。そこへ、エリオが走ってきた。


「ごめんウィッテン、一瞬目を離した隙にやられた」

「大丈夫だ。それより、薬で眠っていたのは間違いないんだな?」

「それはもちろん。よく確認したけど、眠りは深かったよ」

「ということは、やはりなにか憑いているのか」


 薬で強制的に眠らされているはずの肉体が動き回るという状況では、『妻のソフィア』に悪霊や悪魔の類が憑いているとしか考えられなかった。彼女の部屋を見たときになにか儀式をしたような形跡はなかったし、フレデリックやメイドからもそんな話は聞いていない。おそらく憑いているのは悪霊の類だろうとウィッテンは考えている。


 とにかく、逃げた『妻のソフィア』を捕まえなければならない。憑いている悪霊は結界の外へ逃げられないが、野放しにしてはフレデリックやメイドの身が危ない。

 ウィッテンとエリオは『妻のソフィア』を捜して走り出した。

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