第97話
村はずれに建つ別荘は、赤いレンガ造りの年季が入った建物だ。所有者が何度か変わっていると昔教えてもらったような気がするが、ソフィアが物心ついたときには、ここはもうフレデリックの家が所有していた。
赤いレンガを蔦が這うこの別荘には、小さいが美しい庭があり、そこはソフィアの父が庭師として管理していた。
父が双子をフレデリックの遊び相手とこの別荘に連れてきたのは、フレデリックの両親が双子を是非遊び相手にと希望したからだ。
双子として生まれなければ、ソフィアとカチュアは一生フレデリックと関わらなかった。
そして、死んだソフィアがこうして別荘を再訪することもなかった。
ソフィアは別荘の庭にしか入った覚えがないので、カチュアが建物内のどこにいるかはさすがに分からない。しかし村の規模に合わせるように建てられた小さなものだ。ついでに生活を覗かれるフレデリックには申し訳ないと思うが、部屋を片っ端から覗いていけばそのうち妹は見つかると、ソフィアは考えた。
そんなソフィアが、近くの厩に二頭の馬が繋がれているのを見つけた。別荘の厩に実際に馬が繋がれているのを見たのは初めてだ。フレデリックは遠駆けに出るような趣味はなかったはずだ。カチュアは運動神経があまりよくないので、馬には乗れない。ここに馬がいるのは、非常に珍しかった。
のんきに草を食んでいる馬に気を取られていたソフィアの耳に、ゲイルの声が入ってくる。
「おまえに間違えられるくらいだから、妹っておまえに似てんのか?」
「うん。あたしとそっくりよ。見たらすぐ分かると思う」
「じゃあ俺が二階探すから、おまえは一階な」
ゲイルはただついてきただけではなく、カチュア捜しを手伝ってくれるらしい。ゲイルの提案にソフィアは乗った。
二階の壁をすり抜けて中へと向かうゲイルを見送ってから、ソフィアが一階へと入り込む。灯りが最低限灯された静かな廊下だ。ソフィアがきょろきょろあたりを確認していたとき、ティーポットを手にした若いメイドが歩いているのを見つけた。
メイドを追いかけて辿り着いたのは、居間だった。
大きなソファには、疲れた様子のフレデリックがだらりと座っている。彼のそばに置かれているカップに、メイドが紅茶を注いだ。
室内を見回してみるが、カチュアの姿はない。
部屋を去ろうとした、そのとき。
「まさかエクソシストを頼る羽目になるとはね」
フレデリックの呟きが聞こえた。エクソシストという響きに、ソフィアの耳がぴくりと反応する。
「たしかにここはけっこう古い建物だから、なにかいるだろうなとは思っていたけれど……。それが悪しき者ではないようにと祈るばかりだよ」
久々に聞くフレデリックの声は、疲れがたっぷりと滲み出ていた。
「悪しき者であった方が、私はいいですけど」
「なんでだい?」
気さくな物言いのメイドに、フレデリックが問う。
「だってそいつが原因だったら、神父様が倒してくれたら全部解決ですよ。フレデリック様も奥様も元気になるから、私も幸せになれるってもんです」
当然であるという表情で、メイドは言い切った。
「元気に、ね」
対するフレデリックの表情は冴えない。彼はいつものほほんとした柔らかい雰囲気を漂わせていたので、こんなに落ち込んでいそうな姿は見たことがなかった。ソフィアが少しだけ気に入っていたフレデリックの宵闇色の瞳も、疲れのせいか憂いを帯びている。
「まあ、すべてを任せるしかないか」
「そうですよ。せっかくセーフェルから神父様が来てくれたんですから、まずは全部任せちゃいましょう」
フレデリックを励ますメイドの声は、どこまでも明るかった。
「フレデリック様、お腹は空いてないですか? 紅茶ばかりじゃ水っ腹になっちゃいますからね。軽食でよければ、すぐにご用意できますよ」
「ありがとう、ティナ。でも今はいいかな」
「元気出してくださいね、フレデリック様」
「うん」
ティナと呼ばれたメイドが部屋を出ていくと、フレデリックは大きなため息をついた。のんきそうに見えていたフレデリックが、こんなに疲れた重々しい表情をするだなんて。珍しいもののように眺めながらも、ソフィアはフレデリックとカチュアの間によくないことがあったのかもしれないと推測した。
ティナというメイドが言うには、既にエクソシスト――ウィッテンは到着しているらしい。先ほど見かけた馬は、ウィッテンが使ったと思われる。
……二頭いたからには、もちろん今回もエリオが同行しているのだろう。思わずソフィアは渋い顔をしてしまった。
だが、うまくウィッテンだけに会えたらなにか教えてくれるかもしれない。事件の中心にいると思われるのは、ソフィアの実の妹なのだ。エリオは絶対相手にしてくれなさそうでも、ウィッテンならまだ話を聞いてくれる気がする。
カチュアもだが、ウィッテンも探そう。
そう決めて、ソフィアは居間を後にした。




