第84話
「機会があれば、あなたの気持ちを妹さんにお届けするくらいはできますよ。たとえば、手紙を書くとか」
ウィッテンが提案してくれる。
司祭であるウィッテンからの言葉ならば、カチュアも素直に聞いてくれそうだ。周囲の霊が視えないごく普通の人々の言葉よりも、はるかにカチュアを慰めてくれる可能性が大きい。
「手紙を書くほどじゃないんだけど、もしどこかで会ったときはお願いしてもいい? あたしとそっくりだから、すぐ分かると思うの。それに、できたらあたしが伝えたいことは、妹だけに知って欲しいから」
『ソフィア』として生きているはずのカチュアに、本物のソフィアからの手紙という形が残るものが届くのは、非常にまずい。できたら、ウィッテンからカチュアにだけ直接伝えて欲しかった。
「もちろん。なにをお伝えしましょうか?」
ウィッテンがこころよく引き受けてくれる。それに安心して、ソフィアは口を開いた。もちろんこの伝言がカチュアに届く確率はとても低いとは分かっている。それでも、誰かに聞いて欲しかった。
「あたし、妹には幸せに生きて欲しいと思ってる。引っ込み思案だけど、とても優しい子なの。あたしが死んだせいで、いつまでも落ち込まないで欲しい。もっとあの子の望むように人生を送って欲しいの」
まだソフィアの死の真相がばれていなければ、カチュアは想い人のフレデリックと結婚したはずだ。フレデリックはカチュアを『ソフィア』と呼ぶかもしれないが、双子が名前ひとつを交換するだけで、カチュアは想い人と暮らせる。できることならば、そのままカチュアには幸せでいて欲しいと、ソフィアは常日頃考えていた。
そのとき。
「お姉ちゃん」
カチュアの声が聞こえたような気がして、ソフィアは振り返った。
そんなはずはない。
もしカチュアがここにいたとしても、ごく普通の生者である彼女にソフィアは視えない。死んだカチュアと再会でもしないかぎり、もうカチュアはソフィアに声をかけてくれない。
そんな現実を証明するように、振り向いたそこにはステンドグラス越しに彩られた月光が落ちているだけだった。
「どうしました?」
「なにか声が聞こえた気がしたんだけど……たぶん、気のせいだと思う」
ソフィアは微笑んだ。きっとずっとカチュアについて考えていたから、空耳に繋がったのだ。しかしたとえ空耳だとしても、懐かしいカチュアの声はソフィアを少し慰めてくれた。
「ひょっとしたら、誰かがあなたを必要としているのかもしれませんね。たとえばフィオナとか」
ウィッテンが言うように、フィオナがソフィアを捜している可能性はあった。念糸がうまく使えないソフィアを、店の戦力と考えて必要としているからではない。いつも店内にいるはずのソフィアがいないと気づき、迷子になっているのではと心配してくれているかもしれなかった。
「あたし、フィオナのところに戻ってみるわ」
あまり長居をしていたら、ゲイルにまで心配されかねなかった。
察しのいいゲイルなので、ソフィアが普段と違う行動をとっていたらウィッテンに関係していると気づくだろう。昇天を望まないソフィアになにかあってはと心配して助けてくれる彼なので、エクソシストであるウィッテンに近づくのをあまりよくは思っていない。
しかも首都セーフェルは、その名のとおりセーフェル教の総本山だ。そんな場所でウィッテンに近づくという行為は、聖職者たちの集団の中に無防備に突っ込んでいくようなものだ。ウィッテン以外の聖職者に遭遇し、いらぬおせっかいの末に昇天なんて目にも遭いかねない。
「暫くしたら、私も交代の時間です。誰か来る前に、ここを出た方がいいでしょう」
ソフィアの思考を読んだかのように、ウィッテンが勧める。ソフィアは素直に頷いた。
「ウィッテン」
「なんでしょうか」
「フィオナの店にはよく来るの?」
「そうですね。帰宅時間が遅くなったときなどに、エリオと一緒に寄ることが多いですよ」
「そうなんだ」
エリオと一緒というのが余計だが、あの店にいたらまたウィッテンと会えそうだ。
本心を言えば、ぜひともウィッテンひとりで来店して欲しいのだが。
「あたし、まだセーフェルにいる予定なの。また店で会えるかしら?」
ソフィアはウィッテンを追いかけてセーフェルに来たのだから、他に行くあてがあるわけではない。ゲイルがどこかへ旅に出るというならついていくかもしれないが、先の予定はなにも決まっていなかった。そのせいもあって、ずっとフィオナのところに身を寄せている。
そんなソフィアの問いに、ウィッテンは惚れ惚れする笑顔で頷いてくれたのだった。




