第83話
「そうですね……」
ウィッテンにとって、意外な質問だったらしい。彼がソフィアから視線を外し、暫し考え込む。
そんな姿もまた、ソフィアには美麗なものに見えた。いつまでも眺めていたいが、返答してくれるウィッテンの声も聴きたい。なんともいえないもどかしさが、ソフィアの中に生まれる。
ややあって、ウィッテンは言葉を探るように口を開いた。
「私は元々他の国で生まれたのですが、そこで大切な人を死なせてしまったのです。きっかけといえば、それでしょうか」
ウィッテンの横顔には、珍しく翳りがあった。
「私が死なせてしまった人は、私を恨んだりはしないでしょう。そういう性格だと知っています。それでも私は、自分を許せませんでした。喪に服すという意味の他に、少しでも過酷な環境に身を置いて、自分を罰したいという気持ちがあったんです」
「自分を罰する……」
事故とはいえ、ソフィアは妹のカチュアに殺された。ウィッテンがそうであるように、カチュアも自分を責める気持ちでいっぱいのまま、日々を過ごしているのだとしたら。
大切な妹には、少しでも幸せになって欲しい。
そう思ったからこそ、ソフィアは村を出た。カチュアの幸せだけを願い、その行動が正しいと信じたソフィアにとっては、ウィッテンの話は聞き流せないものだった。
「でもあなたの大切な人は、あなたに幸せに生きて欲しいと思うんじゃないかしら?」
ソフィア自身も驚くほど、するすると言葉が出てくる。
「あたしだったらそう思うわ。あたしのことで一生苦しんで欲しくない」
ソフィアの言葉に、ウィッテンが頷く。
「そうですね。逆の立場であれば、私も彼女の人生が幸せであるようにと願ったでしょう。それに今も、彼女が生まれ変わって、今度こそ幸せに暮らしているのだと信じています」
彼女。
ウィッテンが何気なく口にしたその単語が、ぐさりとソフィアの心に突き刺さる。
ウィッテンの大切な『彼女』は、恋人だったのだろうか。彼女と呼ばれた相手の年齢は分からないが、ウィッテンの人生に影響を与えるからには、相当彼に近い立場の人物だったに違いない。
それこそ、エリオ以上の距離で、ウィッテンの心に入り込めるほどに。
「結局のところ、私のおこないは自己満足でしかありません。私にできるのは、あなたたちと共に悩み、ほんの少し手伝いをすることだけです。そして、助けを求める声があればそれに応じる。ただそれだけのことしかできません。本当にエクソシストとして十分にやれているのか、実は自信がないのです」
そう笑うウィッテンだが、いつもは美しいと感じてばかりだったその笑顔は、声色のせいか寂しげなものに見えた。ソフィアが知っているウィッテンが見せる表情としては、とても珍しい。
ウィッテンは、いつも満たされているように見えていたのに。
そんな彼が、悩みや癒されることのない悲しみを抱えているというのを、ソフィアは考えたこともなかった。
思い返してみれば、故郷にいた司祭はソフィアにとって、いつでもなにかを教えてくれる先生のような存在だった。そんな司祭が自分よりもずっと幼いソフィアに悩みを打ち明けるなど、まずない。
司祭とはそんな存在だったから、無意識にウィッテンはなにも悩みなどないものとして見ていたのだなと、ソフィアは今更になって気づいた。
ウィッテンも人なのだ。
死んでなお悩む者は多い。生きている彼が悩みのひとつも抱えていないわけがなかった。
「……あなたの大切な人って、恋人?」
自分が傷つくのが分かっていても、ソフィアはたしかめずにはいられなかった。
ソフィアの言葉に、ウィッテンが少し首をかしげる。顎に手を当てて考える彼の姿は、その内側にどんなものを抱いていたとしても、相変わらず美しい。
「私からすれば、そのような気持ちがあったかもしれません。婚約者でした」
「今でも、その人のことは好き?」
「ええ、とても」
淀みなく返答したウィッテンの微笑みは、残酷なまでに美しかった。
ソフィアの胸の奥に、ずきりとした痛みがはしる。
ウィッテンの心の中には、ソフィアが入り込む余地など存在していない。彼の婚約者は今も彼の心の中で、大きな位置を占めている。エリオ以上に近いであろうそんな存在に、最近ウィッテンに出会ったばかりの単なる霊であるソフィアが勝てるわけなどなかった。
「ウィッテンは……あ、フェルベルト神父は」
「名前でかまいませんよ。そちらの方が言いやすいでしょうし」
「それじゃあ、えっと……ウィッテン、兄弟はいるの?」
「兄が二人います。皆、故郷にいますよ」
「あたしも兄妹がいるの。双子の妹」
「それは素晴らしい」
ウィッテンのにこやかな反応は、ソフィアが予測したものだった。なぜなら、双子はセーフェル教ではとてもめでたいものとして扱われている。
ウィッテンが少し元気を取り戻したようで安堵したソフィアだったが、同時にカチュアを思い出して心に重いものが生まれる。
「あたし、妹にとてもひどいことをしたわ。あたしが死ぬ前に、妹を傷つけるような嘘をついてしまった。それを謝れないまま、死んでしまったの」
波風を立てない為だけについた嘘と、それに対するカチュアの悲鳴のような声は忘れようもない。
ひとつの魂を分け合ったとされる双子なのに、いつも一緒にいた妹の気持ちなど、なにひとつ分かっていなかった。




