第81話 ソフィア
まさかフィオナの店でウィッテンに会えるとは思わなかった。しかも近くで話を聞いていた様子だと、常連のようだ。
それを知ってから、ソフィアは再びウィッテンを捜して大聖堂の周辺をうろつくようになっていた。久々にウィッテンに会えたという喜びの効果は大きく、ソフィアをセーフェルに来た頃のように活発にさせていた。
もちろん大聖堂の周辺には行くものの、他の聖職者に見つからないよう物陰に隠れるのも忘れない。目的はウィッテンただひとりなのだ。
以前後をつけたときに知ったが、仕事を終えたウィッテンは通用口からエリオと共に出て家へと帰っていく。
エリオと一緒では、フィオナの店のような偶然でも起きてくれなければウィッテンに近づく隙などない。しかしソフィアがとれる方法といえば、通用口から出てくるウィッテンを待つか、フィオナの店で彼が来てくれるように願うしかない。
その日の夜も、ソフィアは通用口をチェックしていた。月は出ているとはいえ、さすがに距離をとってチェックしているので見えにくい。
ソフィアの視線には、もはや執念に近い力がこもっていた。だがいくら待っても、ウィッテンが出てくる気配はない。少し離れた建物の陰に隠れてこそこそ見ていても、ウィッテン以外のどうでもいい聖職者がばかりが出てくるだけだ。
そうやってどれほど時間が経っただろうか。ソフィアはやっと見知った人影が通用口から出てくるのを見つけた。暗い色の僧衣の中で目立つ、白い僧衣。丸眼鏡をかけたそれは、エリオだ。
ソフィアが待っていたのはエリオではない。思わず心の中で「あんたじゃない」と呟いてから、ソフィアはエリオがウィッテン以外の者と歩いているのに気づいた。話し声が風に乗って聞こえてくる。
「エリオ、今日はひとりか?」
「そう。今夜のウィッテンは礼拝堂で夜番だからね。さっそく礼拝堂にいるよ」
「じゃあ飲みに行こう!」
「うーん、やめとこうかな。ウィッテンに夜食を差し入れようと思ってるからさ」
「本当、仲いいよなあ。いつも一緒で飽きないか?」
「飽きてたら今頃世話なんか焼いてないって」
通常の助祭が着る深緑色の僧衣を着た青年と話しつつ、エリオが去っていく。
今夜のウィッテンは、非常に珍しいことにエリオと別行動のようだ。エリオの話によれば、ウィッテンは礼拝堂にいるらしい。
思わずソフィアは小さく「やった!」と呟いた。
通常の教会は、住み込みの司祭がいて管理をしていた。夜の礼拝堂への出入りは、そこに灯りが点いているうちならば自由だ。
しかし、セーフェルは違う。
ゲイルが教えてくれたのだが、当番制で夜通し司祭が礼拝堂に待機しているらしい。だからこの大きな都市にいる霊は、いつでも昇天の相談ができる。
ソフィアは相変わらず、聖なる大樹セフィロートに旅立ちたいという気持ちは皆無だ。礼拝堂のウィッテンに会いにいくのも、ただ彼と話をしたいだけである。
特に決まったなにかを話したいわけではないが、彼に会いたかった。
ウィッテンに会って、あの優しい笑みを眺めたい。
耳に心地いい声を聴きたい。
彼のそばにいたかった。
エリオがそばにいない今夜は、ウィッテンに近づく絶好のチャンスだ。
しかし、いったいいつ礼拝堂に向かったものか。
今すぐ向かうのもなんだが急いて来たように思われそうだが、かといって時間が経てば、エリオが夜食を持ってきたところに遭遇してしまうおそれがある。
それにウィッテンも、さすがに徹夜ではなく他の司祭と交代くらいはするだろう。ソフィアは死んでいるから眠らずともいいが、ウィッテンは生きているのだ。眠らないはずがない。ちょうど他の司祭と交代したタイミングで礼拝堂に入ってウィッテンに会えないなんて嫌すぎる。
さんざん悩んだが、どのタイミングで会いにいくのが正解なのか、ソフィアには判断できなかった。こんなときに相談できる相手なんて、ソフィアにはいない。ゲイルは「ウィッテンに近づくのは危ないからやめろ」と言うし、フィオナは開店した店の仕事で忙しいはずだ。
どうしたものかと、物陰からふわりと飛び上がり空から大聖堂を見下ろす。
遠目から見る大聖堂は、冴えた月光の中で静かにそびえていた。
聖なる大樹セフィロートを表現する三本の塔からなる、白亜の大聖堂。その静謐さと荘厳さはウィッテンによく似合う。
大聖堂はセーフェルの中心部にあるので、人通りは多い。だがどんなに人が多かろうと、ソフィアの姿は通常の生者にはまず視えない。それをいいことに、ソフィアは大聖堂の入り口付近をうろうろしていた。
ソフィアのこの奇行を見たら、エリオなら虫のように追い払いにかかったに違いない。けれど幸い、ここにエリオはいない。
少しだけ中を覗いてみて、ウィッテンだけがいたら話しかけてみよう。
ソフィアは思い切って大きな扉をすり抜け、大聖堂の中へと入った。外見同様に白を基調としたホールを抜け、礼拝堂を目指す。
礼拝堂のドアは誰でも歓迎するとでもいうように、開け放たれていた。




