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Ghost Life~キミハヒカリ~  作者: Akira Clementi
第1章 霧の悪魔

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第8話 ソフィア

 ソフィアは宿屋の屋根の上で寝転がり、ぼんやりと通りを眺めていた。

 今日も一日が終わっていく。残照消えゆく街並みは街灯に灯が入れられ、家々の窓にぽつぽつと灯りがつき、夜の姿へと変わっていく。


 結局、今日も念糸の練習はしていない。気の向くままに昼寝をし、ぶらぶらと街をうろつき、寝床にしている宿屋へ戻ってきた。死者は暇そのものの存在であるが、嫌ではない。基本的にだらだら過ごすのは好きなので、なにもしなくていい暮らしは特に苦ではなかった。


 ちなみに、ゲイルが昼間どうしているのかをソフィアは知らない。本人に訊くこともない。町を発つときなどの必要な声かけ以外は、お互いさほど干渉しない間柄だ。


 ゆえにこうしてソフィアはだらしない姿で通りを行く人々を眺めていたわけだが、ふとその視界に違和感を覚えた。とっさに身を起こし、通りをじっくりと見直す。

 そしてソフィアは、自分の勘が当たっていたと喜んだ。


 人々の中に、イケメンがいる。

 それもかなり上等のだ。


 ゲイルの日焼けとは違う、南方の生まれを想像させる蠱惑的な褐色の肌。銀のリボンでひとつにまとめられた宵闇色の長い髪が、彼の歩調に合わせて静かに揺れていた。紺色の僧衣を着ているので、聖職者だと分かる。


 道行く者の中には、露骨に振り返って彼を見る者もいた。


 ひょっとしたらあのイケメンからはなにかいい匂いがしているのかもしれない。美男美女の類は、なぜかいい匂いがするのだ。村で評判の美少女だった娘も、なんだか甘くて安らぐ香りがした。

 できることなら近寄って彼の匂いを確かめてみたいが、聖職者には霊であるソフィアが視えてしまう。初対面でいきなり変態扱いされるのだけは嫌だ。


 ソフィアはふわりと浮かび上がると、彼を追いかけて屋根伝いに飛び始めた。霊は歩かないので、普通に移動する分には音を立てずに済む。しかも聖別されていなければ壁や人をすり抜けられるので、通路上の障害物も気にしなくていい。


 今このとき幽体というものがとても役立っていると、ソフィアは感動した。


 今まで飽きるほど見てきた紺色の僧衣でも、彼が着ていると随分印象が違って見える。少し洒落た服に見えるほどだ。


 そうして司祭の青年を頭のてっぺんから足の先まで観察していて、ソフィアは彼が帯剣していると気づいた。

 武装した司祭、つまりエクソシストだ。実際に見るのは初めてだが、話に聞いた覚えがあったのですぐに分かった。

 朝にエレナが言っていたエクソシストとは、おそらくこの青年のことだ。しかしこんなに若く、しかも美形な聖職者がいるとは。なんていいものを見ているのかと、ソフィアは生まれて初めて神に感謝した。


「おい、あのイケメンはやめとけよ。憑りつきでもしたら消滅させられるぞ」


 いつの間にか隣を飛んでいたゲイルが、呆れたような声で釘を刺してくる。

 しかしその忠告は、ソフィアになんの効果もなかった。


「あの人が、エレナが言っていたエクソシストね」

「お、エクソシスト見るのは初めてだったか?」

「後ろを歩いているのって、助祭よね。もうひとりは誰? あのくすんだ金髪の人」

「見事なまでに人の話聞いてねえな、おまえ」


 ソフィアの視線も思考も、司祭の青年に釘づけだった。一瞬たりとて視線を外したくない。ゲイルがわざとらしくついた大きなため息すら、単なるちょっとした雑音だった。


 ゲイルと共に旅をしてきた間にも美形を見ることはあったし、地方興行の劇団で見かけたかっこいい役者に熱を上げたこともある。しかし司祭の青年は、彼らとは明らかに別格だ。奇跡のようなイケメンの登場に、面食いのソフィアはすっかり心を奪われてしまっていた。


「一緒に歩いているのは領主様だよ。エレナが言ってた今の領主、シグムント・ハーシェル」

「領主ってことは、きっとお屋敷に向かっているのよね? 素敵!」

「いやなにが『素敵!』なんだよ」


 ゲイルが再びため息をつく。


「なんだ、エクソシストじゃなく領主のほうが好みだったか?」

「エクソシストのほうに決まってるでしょ。見た目に天と地くらいの差があるじゃない」

「おまえなあ……。それ、領主が耳にしたら傷つくと思うぞ」

「聞こえなければいいのよ。それより早くお屋敷に行かなくちゃ!」

「はあぁ? ……おい待て! 行ってどうすんだ! 戻ってこいって!」


 麗しのエクソシストの行き先が判明した喜びに、ソフィアの飛行速度が上がる。魂が剥き出しの存在であるがゆえに、霊の飛行速度は感情に大きく左右される。興奮したソフィアの飛ぶ速度はかなりのものだった。もしソフィアの姿が視える者が空を見上げていたら、その姿が流れ星のように見えただろう。

 運動能力の高いゲイルすら置き去りにして、ソフィアは町の北に見える領主の屋敷へと向かった。


 領主が居を構えているものの、ノルン自体はさほど大きな町ではない。山間部ということもあり、領地内でも居住地として使える土地が少ないのだ。おかげで、勢いよく飛んだソフィアはあっという間に屋敷へと到着できた。エクソシストの青年はまだ到着しないが、先にエレナを探したいソフィアにとってそれは好都合だ。


 エレナは、エクソシストは屋敷に泊まると言っていた。もっと他になにか知らないだろうか。詳しく話を聞かせて欲しい。


「おじゃましまーす」


 一応断りを入れつつ、ソフィアは一番近くの壁から屋敷内へと入った。こじんまりとしてはいるがしっかりとした造りの屋敷は、壁もそこそこの厚さがある。だがどんなに分厚くとも、聖別されていないのだから霊のソフィアにとって障害にはならない。


 古い建物だからか、あちこちに霊の姿がある。特に目立つのは身なりのいいおっさんたちだろうか。屋敷内をふらふら飛んでいると、そんなおっさんたちがぎろりとソフィアを睨みつけてくる。だがそれだけで、ソフィアを追い出そうとはしない。


 屋敷の中はしんと静まり返っていた。まるで無人のごとき寂しい雰囲気が漂っている。


 ややあって、ソフィアは二階でエレナを見つけた。彼女は無数の念糸を絡ませた手で、花瓶に生けられた花の手直しをしている。その姿はメイド服を着ているからというだけでなく、佇まいそのものが死んでなおメイドらしいものだった。


 付近をエレナと同じデザインのメイド服を着た女性が歩いていく。こちらは足下に影があるので生者だ。彼女の視界には念糸に包まれたエレナの手や動かした花が入っているはずだが、気にする様子はない。単に気づいていないだけかもしれないが、気づいていたとしても、それはそこに死者がいるというだけの話だ。生者の邪魔をしなければ、死者にもそこにいる権利が認められる。少々驚きはすれども、それだけのことだ。

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