第75話
それにしても、ソフィアの瞳と長い髪は死んだ元婚約者のオレーリアを思い出させる。
はしばみ色の、好奇心旺盛そうな瞳。意思の強さが表れたような瞳をした女性だった。もう何年も前に死んだオレーリアを、ウィッテンはいまだに忘れられない。それにオレーリアは、ソフィアと同じはしばみ色の髪をしていた。それが一層、ソフィアを見るたびにオレーリアを思い出させるのだ。
同時にウィッテンは、以前エリオがソフィアを「カワウソに似た子」と表現していたのを思い出した。思わず飲んでいた茶を噴き出す。
「うわっ、ちょっとなにしてんのさ! ああもう」
「すみません、つい」
カウンターと僧衣にこぼれた茶を、エリオがナプキンで拭いてくれる。ウィッテンも一応自分でも拭くのだが、ソフィアとカワウソの顔を脳内で重ねてしまい、笑いをこらえるので精一杯だ。
人の容姿を、まして年頃と思しき少女の容姿を嗤うなんて。非常に失礼だと分かってはいるが、笑いのツボに入ってしまったものは仕方ない。
ウィッテン自身、容姿についてなにか言われるのは好きではない。むしろ嫌だ。
それだけに、ソフィアに対して悪いことをしてしまったという気になる。
そこに救いの手を差し伸べてくれたのは、フィオナだった。
「二人とも、先に葉っぱでも食べてなさい」
ウィッテンたちがよほど空腹そうに見えていたのか、二人分のサラダを手にしたフィオナが厨房から出てきた。ソフィアが、フィオナの体をすり抜けてしまわないように横に避ける。
死者が生者の体をすり抜けると、異様な寒気を感じさせてしまう。聖別していない私服のときはたまに霊が体をすり抜けていく場合もあるのだが、一瞬で凍りつくかのような悪寒は、いくら霊の存在に慣れている身とはいえ耐え難い。
そんな感覚をフィオナに感じさせまいとするあたり、ソフィアは善良な霊と思えた。
「ところでね」
チーズをたっぷりと振りかけたサラダを勧めながら、フィオナが口を開く。
「今日の料理、まだ試作品なの。試しに仕入れてきたワインもあるから、ちょっと一緒に食べてみて感想聞かせてよ」
「飲みませんよ」
「飲むの。別にミサでも飲んでるんだから、少しくらいはいけるでしょ。ねえエリオ?」
こういうとき、フィオナはエリオを味方につけようとする。
「まあ、少しだけならいいんじゃない?」
そしてエリオはというと、面白い展開を期待するような笑みをにやにやと浮かべて、フィオナに加勢するのだった。
「大丈夫、大丈夫。悪酔いしても僕がなんとかするからさ」
厨房へと戻るフィオナを見送ってから、エリオが自信満々に言う。
エリオが調合する酔い覚ましの薬はよく効くが、味やその他はというと、とても人が口にするものとは思えない仕上がりだ。ウィッテンはできたらそれを飲みたくない。
いや、もう一生口にしたくない。
そんな気持ちがつい顔に出てしまったのか、ウィッテンの顔を見たエリオが明るい笑い声を上げた。
「そんな顔しないでよ。あれでも師匠から教えてもらったやつを僕なりに一生懸命改良したんだよ? 元々はもっとひどかったんだから」
「現在も十分ひどいので、できたらもっと改良してください」
「日々研究はしてるさ。きみに苦しい思いをさせるのは、胸が痛むからねえ」
口ではそう言っても、どうもエリオはあの薬をウィッテンに飲ませるのを愉しんでいるような節がある。
いつか人の飲み物だと思える薬が完成するようにと、ウィッテンは強く願った。
そうこうしているうちに、フィオナが再び二人分の皿を持って戻ってきた。強烈なニンニクの香りがカウンターに漂う。
真っ先に反応したのはエリオだった。
「ちょっとフィオナ、なんかめちゃくちゃ凄い匂いなんだけど! どんだけニンニク入れたのさ!」
「ふふん、最近覚えた北方料理のシュクメルリよ。疲れたときはニンニクが一番!」
「僕たち明日も仕事なんだけど、本当にこれ大丈夫?」
「うーん、どうかしら。まあ、食べてから考えたらいいんじゃない?」
無責任ともとれる発言に続き、フィオナがワインの栓を抜く。ウィッテンたちの前に新しいグラスを用意すると、彼女はそれに赤い液体を注いだ。
「さ、召し上がれ」
たしかにエリオが注文したとおりの、美味しそうで元気も出そうな料理だ。満面の笑みでフィオナが勧めてくる料理に、ウィッテンは苦笑しながらナイフを入れた。




