第74話
「……ソフィア?」
「あ、あの、どうも。こんばんは」
ノルンからセーフェルまでついてきた、幽霊の少女だ。最近姿を見かけなかったので、自分への興味を失ってくれたのかとばかり思い、存在を忘れかけていた。
ウィッテンとて人間である。執着されるのはあまり心地のいいものではないし、それがなくなれば安心する。
それがまさか、首都という広い都市の中、こんな場所で再会するとは。ウィッテンは思わず素で驚いてしまった。それは隣のエリオも同様らしく、黒い瞳を丸くしている。
ソフィアがここにいるからには、彼女の友人だという青年の霊もどこかにいるかもしれない。
ウィッテンが周囲を見回すと、軽鎧姿の青年の霊――たしか名前はゲイル――が、大人ほどの大きさもある操り人形を念糸で踊らせているのが目に入った。人形を操り生者と踊るゲイルは、とても楽しそうだ。
「あれ、きみがいるってことはゲイルも」
「あ! だめ! ゲイルの名前はなし!」
ウィッテンと同じことを考えていたエリオの言葉を、ソフィアが慌てた様子で遮る。
「え? なんか言った?」
厨房から出てきたフィオナに、ウィッテンとエリオは揃って首を横に振った。
「なによ、変なの」
ウィッテンたちの様子に首を傾げながらも、フィオナがカウンターにナプキンとカトラリーを置いて厨房へと戻る。
ソフィアが厨房を覗き、暫くフィオナが戻ってこないと思ったのか再びウィッテンたちへと振り向く。
ノルンからの帰路でソフィアを眺めていてウィッテンは気づいたが、彼女はかなり不器用な霊だ。念糸をうまく操れないので、声に念糸を混ぜて生者に聞かせるといった真似ができないらしい。
そんなソフィアの話を、聖職者や魔術師でもないフィオナに聞かれる心配はまずない。それにもかかわらずフィオナを気にする様子はまるで生者のようで、ウィッテンは少し愉快なものを見ている気分になった。
「ゲイル、この店では『アーウィン』って名乗ってるの。お願いだから話を合わせて」
ソフィアがひそひそと話しかけてくる。
「なんか面倒な理由じゃないだろうね」
ソフィアに合わせるように小声になったエリオが、心底面倒そうに呟く。ソフィアはというと、困り顔でウィッテンたちを交互に見てきた。
「理由は教えてくれないんだけど、とにかくだめなんだって。フィオナがいるところでは、絶対に『アーウィン』って呼んであげて欲しいの。お願い」
「きみのそのお願いを聞いたとして、僕たちになにか見返りがあるわけ?」
「それは、そのぅ……」
「まあ、いいではありませんか」
ウィッテンの言葉に、エリオはやれやれといった様子で肩をすくめた。
わざわざ偽名を名乗るからには、フィオナとゲイルの間にはなにかしら事情がある。それを詮索する気などウィッテンにはない。第一疲れている今は、あまり深いことを考えたくなかった。
それにこの半月ソフィアに会わなかったからには、これからもさほど会わずに済むのではと思えた。ならばこのひとときくらい、ソフィアの言葉につきあってやってもいい。
別に、ノルンからの帰路で判明したエリオとソフィアの不仲に気を使ったわけではない。ウィッテンに近づいてくる女の霊たちにエリオがきつく当たるのはいつもだ。そうやってエリオが追い払ってくれるからこそ、ウィッテンはしつこくつきまとわれずに日々を過ごせている。
「で、きみはここでなにをしてるわけ?」
エリオがかなり興味なさそうに、ソフィアへと問う。きつい当たりにもめげずに、ソフィアが口を開いた。
「ゲ……アーウィンと一緒に居候、的な? なんかね、フィオナがいてもいいって言うからずっといさせてもらってるわ」
旅の霊を家に泊める生者というのも珍しいが、フィオナならばありえるなとウィッテンは思った。
フィオナにとってソフィアたちは、単に「宿に困った旅人」のようなものかもしれない。それに、ゲイルと戯れている客たちは楽しそうだ。そんな存在ならば、善意で滞在を許すこともあるのかとウィッテンは考えた。同時に、四六時中霊と過ごせるフィオナの精神の強さに驚く。
ウィッテンとエリオの家は、エリオの強い希望で聖別している。おかげで霊がふらふら入ってくることはない。結果的にそれは、霊が視えるようになった最初の頃のウィッテンを助けた。四六時中そばに霊がいて話しかけてきたり、こちらをじっと観察しているのが分かるというのは、なかなか精神的に辛かったからだ。
ただ、それに耐えられないというのはまだまだ自分が未熟ないせいだと感じたりもする。死者に寄り添ってその助けとなるのは、セーフェル教が掲げる義務だ。他の司祭たちが自宅で霊にどう接しているかは知らないが、おそらくウィッテンたちの家のような策は講じていない気がする。
「ふうん」
相変わらずまったく興味がなさそうに、エリオがソフィアに相槌を打つ。
エリオとソフィアの不仲は、今に始まった話ではない。ノルンからの帰路でもエリオは後をついてくるソフィアをあからさまに嫌がっていた。それにめげずについてくるソフィアの神経の図太さには、ウィッテンも驚いたものだ。
正直、ウィッテン自身もあまりしつこい霊は得意ではない。しつこい霊はしつこい人間と大差がない。……いや、時間の制約などなくつきまとってくるのだから、生者よりたちが悪い。
だが久々に会ったからか、ウィッテンはソフィアに対する苦手意識が少し薄らいでいた。




