第62話 ある女の思い出
私と夫は、恋愛を実らせて結婚したわけではなかった。
私が結婚相手を募るにはほんの少し年を取っていて、たまたま私の実家が夫の実家よりもお金を持っていて、偶然にも夫の実家が資金繰りに困っていたというだけの繋がりだった。
潤沢な資金援助を受ける代わりに、八歳も年上の妻を貰い受ける。
四人兄弟の末っ子だった夫のフレデリックからすれば、この上なくつまらない条件だったに違いない。
けれども、それは私も同じだ。
私がこれまで結婚しなかった理由はただひとつ。
私よりも賢く、そしてそれをひけらかさない穏やかな性格の夫が欲しかったのだ。
一生を添い遂げる相手なのだから、それくらいの条件を私が設けるのは当然だと思っていた。まして私の実家が持つ力からすれば、結婚に条件をつけてなにが悪いのかとさえ考えていた。
そうしているうちにパーティーで私に声をかけてくれる男性の数はひとり、またひとりと減り……気づけばプライドの高さばかりを噂される行き遅れというものになってしまっていたのだが。
こうなってしまっては、私は実家にとって単なるお荷物でしかなかった。いくら望みの相手を探すべく、若い女性たちに負けじと美貌に気を使っていようとも、自分で相手を探すなど許されるわけがない。
私は親が用意した相手のところに、ただ黙って落ち着くしかなかった。
形式上の見合いと何度かのデートをして、私たちは夫婦となった。
それでも外面のいいフレデリックは私を妻として扱ってくれたし、夏になれば小さな別荘へと私を連れていってくれた。
もちろん別荘での時間は、フレデリック自身の休暇の為でもあるだろう。
しかしそれ以外の目的の方が大きいのではないかと、私は考えていた。
かなり年上の妻である私との仲が良好だとアピールして、私の実家からフレデリックの実家への資金援助の糸が途切れないようにするのが目的だったに違いない。
実際、私と仲睦まじいふりをして夫が得られるメリットなど、それくらいしかない。
それでも、私だって多少は避暑を毎年小さな喜びにしていたのだ。
結婚を記念して職人に作らせたお揃いの茶器も、必ず別荘に持っていった。フレデリックがどう思っていたのかもう知りたいとも思わないが、共に紅茶を嗜んだり、雑談をしながらこじんまりとした庭を散策する時間は、それなりに楽しかった。
私が理想とする相手ではなかったものの、いざ結婚してしまえば、私は八歳年下の夫に多少の愛着を感じていた。
それに私たちには、子供の問題もある。夫は末っ子であるものの、一応自分の土地と屋敷がある。それらを維持していくという義務の為に、跡継ぎは必要だ。
そう。たったそれだけの為に、私たちは自ら望んだ相手ではない者同士なのに、関係を持たざるを得ない。嗤いたくなるような境遇から、私は己だけでなく夫にも多少の憐れみを感じていた。私たち夫婦は好む好まないにかかわらず、周囲に決められた物事をただ実行していく生きた人形のようなものだ。貴族だの人間だのという輝かしい響きは、うわべにしか存在していない。
だからこそ、フレデリックがある日雇ったメイドの存在は私の心に波を立てた。
私より八歳下のフレデリックよりもまだ若く、まるで少女のようにすらりとした華奢な体躯で、はしばみ色の大きな瞳が庇護欲をそそる娘。
そういう女性が夫の好みだと、私はメイドの娘を見て瞬時に感じ取った。
私は年の分だけ気の強さも増していて、お世辞にも庇護欲をそそるとは言い難い。それでも美貌だけは保ちたいとあがく私と、若さから自然と愛らしさが滲み出るメイドの娘は、真逆のタイプだった。
そのメイドの娘は、カチュアと名乗った。夫は本宅のある町で偶然彼女を見かけ、彼付きのメイドにと雇ったそうだ。
フレデリックが自分のそばに侍らせるのだから、彼が好むタイプの女性を望むのは当然だ。しかしメイドひとり雇うのもただではない。それなりの賃金が発生する。さすがに夫だって、それを分かった上で彼女を雇ったはずだ。
彼女にメイドとしてだけではなく、それ以上のことを期待して。
だが結局のところ、私が家の女主人という事実は変わらない。カチュアはどうあってもただの一使用人にすぎない。たとえフレデリックとカチュアが多少の火遊びに発展したとしても、そんなものはとうのたった妻を義務で抱かなければならない夫のストレス発散になるだけだ。
カチュアの存在は私たち夫婦にとっては非常に些細な事柄で、特に問題になるものではない。
そう思っていた。




