第58話 エリオ
首都セーフェルからノルンまでは急いでいたので飛竜を使ったが、帰路は一般的な旅のように馬車を乗り継いで帰る。
主な理由は、飛竜の飼育が普通の教会では困難であるからだ。
ゆえに、任務の帰路はいつものんびりとしたものだった。急用があれば当然セーフェルから迎えが来るが、今回はなにもなかった。これはのんびり帰っていいということだと確信し、エリオはウィッテンとともに隣町へ向かう馬車に乗り込んだ。ノルンから出た馬車は他に客がおらず、まるで貸切だ。
そう、ウィッテンの後をついて回るソフィアさえいなければ。
「ねえきみ、どこまでついてくる気だい? ちょっとしつこいんだけど」
「どこって、どこまでも?」
心底うんざりした顔のエリオにそんな返事をするのは、馬車の幌を支える柱に極太の念糸を巻きつけてついてくるソフィアだ。
「ちょっと、ゲイルだっけ? この子なんとかしてよ」
「なんとかって言われてもなあ。こいつ頑固だし、一度決めたらとことん突き進むし」
エリオに声をかけられたゲイルはというと、最初から諦めているようだった。
ゲイルは霊としての経験はソフィアより豊富なのか、念糸で体を固定することもなくふわふわと幌の中に浮いている。
「ねえちょっと、ウィッテンってばあ」
こうなるともうエリオが頼りにできるのは、ウィッテンだけだった。他に乗客がいない馬車の中で、隣に座る相棒へと助けを求める。
が。
「ついてくるものは仕方ないでしょう」
ソフィアは昇天を希望しているわけでもなく、なにか相談事があるわけでもなく、ましてや悪事を働くわけでもない単なる浮遊霊だ。そんな彼女に関して、ウィッテンは諦めている様子だった。
一応『フェルベルト神父』としての体裁は取り繕っているが、心底面倒に思っていそうだとエリオは感じ取った。しかしいくら面倒だからといって霊を強制排除しない相方であるとは、エリオが一番よく知っている。
「もしかしてきみ、セーフェルまでついてくる気かい?」
「目的地がそこだっていうなら、ついていくわよ」
迷いのないソフィアの物言いに、エリオはわざとらしく大きなため息をついた。
今までだったら、ウィッテンと気兼ねない会話をしつつ、ちょっとした旅行気分で帰れたのだ。だがソフィアがべったりつきまとってくるようでは、まったく気が休まらない。
なによりこのままでは、ウィッテンが常に『フェルベルト神父』の顔をし続けなくてはいけない。
端的に言って、エリオにとってソフィアは非常に邪魔だった。
それでも素直に「邪魔だ」と言葉にすれば、ウィッテンに怒られてしまう。彼は無害な霊については、基本的に優しいのだ。そのおかげで、ソフィアもこうしてそばにいるのを許されている。
もしもここにいたのが『峻厳の権化』との二つ名を持つロンベルク神父だったら、ソフィアに対しても強く出てくれたに違いない。
今だけはウィッテンにロンベルク神父の精神が宿らないかとエリオは考えたが、無理な話だった。
「帰りはレジーナに殴られなくて済むと思ったら、とんだ荷物が増えたもんだ……」
エリオがもう一度ため息をつく。どれだけついてもつき足りなかった。
レジーナとソフィアどっちがましかと問われると、ウィッテンに害がないだけレジーナの方がましだ。とにかく今の状況は、エリオにとって最悪である。
できるだけ乗り継ぎをスムーズに済ませてセーフェルに帰りたいが、残念ながら帰路は数日かかる予定だ。夜中に走ってくれる馬車でもないかぎり、日数の短縮など無理だった。
「ほらエリオ、見てください。次の町は串焼き料理が名物らしいですよ」
ウィッテンはというと、エリオの鞄から勝手に引っ張り出した旅行本を開き始めている。セーフェルの自宅を出るときに本棚から引っ掴んできたものだが、こんな形で役立つのをエリオは想定していなかった。
そもそもエリオの趣味で集めているそれらの本を、ウィッテンは普段読まない。
どうやらウィッテンはなにを言っても無駄そうなソフィアの相手を諦め、現実逃避を選択したようだ。
「ねえねえ、あたし今回の事件で少しだけ役に立ったと思うの。もうちょっと連れていってみてもいいと思わない?」
「きみがいなくても解決した事件で『役に立った』とか言われても、全然意味が分からないんだけど!」
開き直ったストーカーのようなソフィアの物言いに、エリオは頭を抱えた。




