第57話 シグムント
小高い丘にある墓地で、シグムントは墓前に花束を供えていた。
ひとつはエレナの墓に。
もうひとつはエドワードの墓に。
あの日喧嘩別れしたとばかり思っていた二人が、死んでなお寄り添うとは。シグムントの胸中は複雑だ。
だが二人が生きている間になにも行動を起こさなかった自分は、恋敵にすらなれなかった。二人が並んで眠りにつくというこの状況を、受け入れざるを得ない。
二人の墓に短い祈りを――エレナの墓には少々長めに――捧げると、シグムントは丘から見渡せる街並みへと視線を向けた。
もうノルンに『霧の悪魔』は出ない。エクソシストによって退治されたからだ。シグムント自身が巡回に出るという非常事態も、ひとまずは終わる。町も徐々に活気を取り戻すだろう。土地柄濃霧は相変わらずだが、驚異のないごく普通の田舎町に戻るはずだ。
エレナがいなくなってしまったこの世界に残されたのは、『シグムント・ハーシェル』という仮面を被る自分だけだ。まだ執事との確執は解決していない。
それに、ハーシェル家の呪いは残っている。
しかしシグムントの表情は明るかった。
「決めたんだ、エレナ。聞いてくれないか」
ぽつりと呟いてみると、まるで本当に自分付きのメイドがそばにいてくれるような気がしてくる。あの愛らしいメイドはもう旅立ったという事実は理解しているが、それでもこうして言葉を紡いでみると、少し勇気が出る。
「私が結婚したら、必ず妻に子を生んでもらうよ。そしてその外見も性別も問わず、街中に誕生を報せようと思う。呪いに屈するのではなく、きちんと立ち向かおうと思うんだ」
執事に監視されてお飾りの領主として暮らすのはごめんだ。どうせこの人生を歩むしかないのならば、本物の領主になりたい。
シグムントは、これからもまだ生きていく。それは領民の為でもあるし、自分の為でもあった。その人生の中で自分はきっとまだ誰かを愛する。そのときこそ素直に好きだと伝えたいし、それを相手が受け入れてくれたら、秘密を抱えて息を潜める暮らしなどさせたくない。
抗ってこそ、運命であり人生。そんな想いが、シグムントの中に芽生えていた。
「本当はきみが隣にいてくれたらと、今でも思うよ。だが、それは単なるないものねだりだ。それに、きみが私なんて見ていなかったとも知っている」
それでももし、とシグムントは続ける。
「可能ならば、きみの旅路の途中で、たまにでいいから私を見守って欲しい。もちろんエドワードと一緒にでかまわない。私が正しい領主でいられるように、ハーシェル家を本物の一家にできるように、見守っていて欲しんだ」
ないものは作ればいいのだ。形骸化してしまったハーシェル家を作り直すのは自分だという強い想いが、シグムントにはあった。
もうエレナの思い出とともに過ごす時間は終わった。新たな道へ進むときだ。
シグムントは、力強い一歩を踏み出した。




