第56話 エレナ
周囲は壁というわけではないようだ。手を伸ばしても、なにかに当たるという感触がない。なにもない空間が、どこまでも広がっている。そして光源がどこかは分からないが、ひたすら明るい。
真っ白な空間にエレナはいた。足元だけは、青白い光の道が伸びている。後ろを振り向いてみるが道はない。自分が立っているこの場所が、始まりのようだ。
進む道はひとつしかない。
無音の空間を、とぼとぼ進む。生前から「聖なる大樹セフィロートを巡る旅」と教えられていたので、エレナは森のような場所を歩くのではないかと勝手に想像していた。思っていた景色とだいぶ違う。
味気ない道を進んでいると、青白い光の道がちょっとした広場のように広がった。その広場に、誰かいる。
進むうちに、エレナはそれが誰なのか分かった。
エドワードだ。
「ああよかった。はぐれたかと心配してたんだよ」
生前と変わらぬ姿で、エドワードがへらりと笑う。
「あなた……まさか、ずっと待ってたの?」
「うん。そうなるかな」
「四年も?」
「ええっ、もうそんなに経ったのかい? 気づかなかったよ」
エドワードは世辞など言えない性格だと、エレナは知っている。
つまり彼は本当に、このなにもない空間で、時間の流れなど気にせず、ただひたすらエレナを待っていたのだ。
生きていた頃は気にもしなかった彼の精神力に、エレナは驚いた。
相変わらずの頼りなさそうなやんわりとした笑顔で、エドワードが言葉を続ける。
「別々に旅に出るなんて、寂しいじゃないか。せっかく僕たちは出会えたし、こうしてまた再会できた。だからさ、一緒に行こうよ」
「でもあなたは、私が妹であったらいいと思うんでしょう?」
「僕の希望としてはね。だからきみには『アルウィン』と呼んで欲しいけれど、『エドワード』としてきみを愛していた僕も間違いなくいる。だからこの旅で、僕たちが本当はどんな関係であるべきか、二人で見つめ直したいんだ」
「だからって」
思わずエレナの目から涙が溢れた。
「だからって、四年も待ってたの? もし私が来なかったらとか、先に行っちゃってたらとか、そういうのは考えなかったの?」
四年ぶりに言葉をかわせたのに、再会を喜ぶ言葉が素直に出てこない。
「馬鹿じゃないの」
涙が止まらなかった。
「そうだね、僕は馬鹿だね」
でも、とエドワードが続ける。
「もしきみが先に行ってしまってたとしても……きみが生まれ変わって、またいつかこうして旅立つまで、僕はここでずっと待ってたと思う。きみの姿が変わっても、きみだと判別できる自信がある。だって、僕たちの運命は繋がっているんだ。だからこうして何度も会えたんだよ」
泣きじゃくるエレナの頭を、エドワードの手が優しく撫でてくれる。もう二度と会えないと思っていたエドワードの手の感触が、懐かしくて心地いい。
自分は心の底からこの人を愛しているのだと、エレナは再確認した。白骨を抱いていたときにはなかった温かい感情が、エレナを満たしてくれる。幸せだと自分に言い聞かせ続けていた濃霧での日々では、一度も感じたことのない温もりだった。
「ねえ、もう泣かないでよ。ほら、一緒に行こう?」
エドワードが手を差し出してくる。
それを拒む理由など、エレナには存在しなかった。




