第55話 シグムント
「納屋にいた霊はメイドでしたか? 茶色い長いおさげ髪で、青い瞳の」
納屋の外で、シグムントがエリオに問う。
シグムントとエリオは、並んで納屋の壁に寄りかかっていた。どちらからということもなく、その姿勢になったのだ。そうやって、ウィッテンが出てくるのを待っていた。
「どうやらそのようだよ。よく知ってる子かい?」
「よく知ってるというか……彼女が生きていた頃、一方的に好きだったというだけです。いつからとか、きっかけなんかは、全然分からないのですが」
エレナとの日々を、シグムントはぼんやりと思い出していた。
突然屋敷にやってきて、働かせて欲しいと懇願していたエレナ。
自分がエレナに恋したのは、いつからだったか。
ほんの少し特別なメイドだと思っていたエレナを、もしかしたら出会ったときから好きになっていたのかもしれない。そしてエレナが泣いていたあの日に、やっと自分はエレナへの恋心を実感したのだろう。
「僕は助祭だから、守秘義務なんて持ってないからね」
「いいんです。ただ誰かに聞いて欲しかっただけなので」
ふうん、とエリオが小さく唸る。
「領主様に好いてもらえるなんて、光栄じゃないか。彼女に告白はしたのかい?」
「いえ、一度も」
「なんで? もったいないなあ」
もったいない。エリオの言葉に、シグムントは本当にそうだと同意した。エレナが生きている間しか、この気持ちを伝えられなかったのに。
もう少し己の気持ちに敏感になって、彼女に好きだと伝えていたら、この事件は起こらなかったのだろうか。
いや、きっと彼女はシグムントなど見てはくれなかったに違いない。先ほど納屋で見たあの白骨死体――青い糸状の光に包まれていたあの死体が、おそらくエドワードだ。直感がそう告げていた。
ふと、納屋の木戸が開かれた。
「シグムントさん」
中から出てきたウィッテンに突然名を呼ばれ、感傷に浸っていたシグムントはびくりとした。手にしていたカンテラの灯が踊る。
「神父様、どうされました?」
「中にある白骨遺体の埋葬をお願いします。執務室に置いてきた腕も一緒に。可能であれば、エレナというメイドの墓のそばへ」
「分かりました」
白骨死体はエレナではなかった。彼女の墓を荒らされたわけではなかったと、シグムントは心底ほっとした。
「それで神父様、どうなりました?」
「『霧の悪魔』だったエレナの霊は旅立ちました。もう事件は起きないでしょう」
エレナが起こした事件を考えれば、「犯人だけが楽になるなんて」と言う者は現れるに決まっている。
だがそれでも、好きだった者の安らかな旅立ちは、シグムントにとって喜ばしい。この屋敷に留まってくれていたエレナがいなくなるのは寂しいが、そもそもシグムントは霊が視えない。ならば、エレナが旅立ってくれる方が何倍も嬉しかった。




