第54話
「エドワードを独占しようと、私はエドワードの遺体の肉をすべて削ぎ落しました。そして私も首を吊り、霊となってこの白骨のエドワードとともに、この町に復讐しようと決意しました。私は元々兄を捜してこの町に来ましたが、住民は皆『アルウィン・リザック』という名に対して『知らない』と答えていました。ですが、兄は間違いなくこの町にいたのです」
エレナが小さな唇を噛み締める。じっと待てば、彼女は再び言葉を紡ぎ始めた。
「エドワード自身も、兄を捜す私の存在を噂として知っていたのに、名乗り出てはくれませんでした。私は、住民もエドワードの正体を知っていて、皆が嘘をついているのだと思ったのです。私に嘘をついた住民にも、知らぬふりをした『アルウィン・リザック』にも、怒りを抱いたのです。だから、彼の手に斧を持たせ、多くの人を殺めました。その行為の中には、エドワードとアルウィンが別の人物であると答えてくれる人を見つけたいという思いもありました。もし二人が別人であれば、私は、ただ素直にエドワードを愛せると考えたのです。そうして……」
エレナが、一度だけ深く息をする。
「……そうして、神父様、あなたに出会いました。あなたはエドワードも、アルウィンも、どちらも名前を知っていた。私は自分のものにしたエドワードとの幸せな暮らしが終わるのを恐れ、あなたを襲いました。真実を暴く人間がいなくなれば、エドワードとの幸せな暮らしを守れると考えたのです。ですが結果的に失敗しました」
エレナの襲撃が失敗した原因は、あの場に乱入したソフィアにもある。だがソフィアも、『霧の悪魔』がエレナだとは思ってもいなかったのだ。あのときは『霧の悪魔』を捕まえようと必死だった。
もし正体を知った上であの現場に遭遇していたら、自分はどうしただろうか。
やはり、乱入したい違いない。ただそれは、『霧の悪魔』を捕まえる為ではなく、『友人のエレナ』を止める為だ。
私は、とエレナが続ける。
そんな彼女を見つめるウィッテンのまなざしは、とても穏やかだ。
「私は、嘘つきや卑怯者が嫌いです。けれど、私は神父様に問われたとき、行方を知らないと嘘をつきました。それだけではなく、大切な友人であるソフィアに己の正体を偽ったまま、『霧の悪魔』として蛮行を重ねました。私は、最低な卑怯者である自分が、この世で最も憎いです」
そこまで言い終えるとエレナの頬を一筋の涙がこぼれ落ちた。念糸が混ざったそれは青白く光り、エドワードがまとっている黒いローブにぽたりと落ちる。
「今日までの主な罪を告白しました。……赦しをお願いします」
「アルウィンとエドワードは、同一人物だったのですね」
ウィッテンの確認に、エレナがはっきり「はい」と答える。
「そしてあなたは先に、エドワードとしての彼に出会った。お互いに惹かれるものがあったのでしょう? その出会いは必然のものだったと、私は考えます。形はどうあれ、あなたがエドワードを愛した気持ち自体は素晴らしいものだと、誇ってください。その気持ちは、これからの旅路であなたを支える大きな力になります」
旅路。聖なる大樹セフィロートを巡り、新たな命を授かるというそれは、死者が本来歩むべき道だ。
エレナはこの世に留まるのではなく、旅立つ決意を固めて告解を選んだ。それは前向きな選択だと、ソフィアはようやく気がついた。
「アルウィン・リザックですが、先代の領主が養子として迎え入れたと考えられます」
「では、私は兄を捜してここに辿り着いたというのは、間違いではなかったのですか?」
顔を上げたエレナに、ウィッテンが頷く。
「ただ、彼は次期領主としての器ではなかったようです。ゆえに、エドワードと改名させられ屋敷から追い出されたのではないでしょうか。それにこの土地では、新たな領主が就任するまで子供の存在は隠されます。おそらく養子を迎えたとばれない為の対策でしょう」
ウィッテンの言葉を受け、エレナが念糸でエドワードを強く抱きしめる。白骨が揺れ、乾いた音が転がった。
「エドワード、だからあなた、『話せない』って言ってたのね……」
エレナが黒いローブに顔を近づける。その仕草は、心底愛おしい者の服に顔を埋めているかのように見えた。
「それでは神の赦しを求め、心から悔い改めの祈りを唱えてください」
ウィッテンがお決まりの文言を口にする。それはどこの教会でも同じようなものだろうが、彼が言うと魂の隅々まで清められる気がしてくる。ソフィアは不思議な気持ちで、彼とエレナを眺めていた。
エレナが組む両手に、力がこもる。エドワードのローブで顔は隠れて見えないが、その声は震えていた。
「神よ、慈しみ深く私を顧み、豊かな憐れみによって、私の咎をお赦しください。悪に染まった私の魂を洗い流し、罪深い私の魂を清めてください」
「大いなる憐れみ深き神は、聖なる大樹を通し罪の赦しの為にお力を注がれました。神が教会の奉仕の務めを通じ、あなたに赦しと平和を与えてくださりますように」
ウィッテンが言葉を紡ぐほど、納屋の空気が清められていく。彼のミサでの説教を聞いていたときに体験した感覚に似ているな、とソフィアは思った。だが今のウィッテンの声は、ソフィアの心を満たすことはない。
今このとき、ウィッテンの言葉はエレナの為だけに紡がれている。その為か、エレナの体が蒼白く光っていた。白骨死体のエドワードを抱いていた念糸は、いつの間にか消えていた。納屋の床に、糸が切れた人形のようにエドワードの死体が転がっている。
「私は、神と聖なる大樹の名において、あなたの罪を赦します」
ウィッテンが宣言した直後、エレナの体がふわりと浮いた。
「ソフィアちゃん」
エレナが大きな青い瞳で、ソフィアをじっと見てくる。その顔は、もう泣いてはいなかった。
「また出会えたら、次こそなんでも話せる友達になってね」
「うん。そのときは、また髪を梳いてね」
「私、ちゃんとソフィアちゃんを見つけられるかな」
「大丈夫。あたし、次の人生でも絶対不器用よ。だから髪がぼさぼさだと思う」
自分がうまく笑えたかは、分からない。けれどもエレナの見慣れた柔らかい微笑みに、ソフィアは安堵した。
「神と聖なる大樹に感謝いたします」
エレナが唱えた言葉は、告解の最後に信者が唱える決まり文句だ。
それはつまり、エレナとの別れを報せている。
ウィッテンがちらりとソフィアを見てきた。他になにか言うことはないかとでも問うているような視線に、ソフィアは首を小さく横に振った。
ソフィアの様子を確認し、ウィッテンが口を開く。
「罪を赦された魂は幸せです」
本来なら告解はこれで終わりだが、ウィッテンの言葉はもうひとつ続いた。
「どうぞ、よい旅路を」
直後。
エレナの体がひときわ眩しく輝いたかと思うと、その姿が霧散した。
彼女は旅立ったのだろう。光の粒が名残雪のようにはらはらと舞う様を、ソフィアはいつまでも見ていた。




