第53話
入り口からカンテラの灯りが差し込んでくる。
「これは……」
明るくなった小さな納屋の中。そこに座る白骨死体を見たようで、シグムントが言葉を失う。
「見つけましたよ、『霧の悪魔』」
そんなシグムントをそっと押しのけて中に踏み込んでくるのは、ウィッテンだ。カンテラの光で、ウィッテンの金の双眸が鋭い輝きを見せる。
ゲイルがソフィアの服の袖を引っ張る。ここは退けということだ。
だが、ソフィアはその手を振り払った。そのまま両手を広げ、エレナをかばうようにしてウィッテンの前に立ちはだかる。
ソフィアを見るウィッテンの目が、わずかに細められた。鋭い視線にどきりとするが、ソフィアだって退くわけにはいかない。ここで退いてしまったら、大切な友人を最悪の形で失ってしまうかもしれないのだ。
どんなにウィッテンがソフィア好みのイケメンでも、彼の気を惹きたいと思っていても、友人の存在には代えられなかった。
「あなたはたしか、ソフィアですね。まさかあなたも仲間ですか?」
「違うわ。でもここにいるエレナは、あたしの大事な友達よ。エレナがなにをしたかは知ってる。でもお願い。あたしの友達を消さないで」
「なにか誤解しているようですが」
ウィッテンの表情がわずかに和らぐ。
「消滅させるかどうかは、今から決めることです。私の独断ではありません」
ウィッテンがソフィアの肩に手をかけた。薄い膜越しに押されたような感触とともに、ソフィアは簡単に横へと押しやられる。
聖職者は霊に触れられるが、それは聖別された僧衣に身を包んでいるからだ。その手が直接霊に触れているわけではない。ウィッテンの体温を感じられない触れ合いは、ソフィアの心に寂しさを生んだ。
無力感を覚えつつ振り向けば、ウィッテンがエドワードのそばで膝をついている。ウィッテンの隣には、いつの間にかカンテラを持ったエリオがいた。
エレナはというと、念糸でエドワードを抱いてうずくまっている。
「こんばんは、エレナ。以前お会いしましたが、覚えていますか?」
ウィッテンの問いに、エレナが小さく頷いた。
「あなたが抱いているその方は、エドワードですね?」
そんな問いかけにエレナが再び頷き、そっと口を開く。
「お願い、エドワードの腕を返して」
「彼の腕は返しましょう。ただしそれは、彼を埋葬するときの話です」
ウィッテンの言葉を受け、エレナがエドワードを念糸で強く抱きしめる。エレナにとってエドワードがとても大切な存在というのが、端から見ているだけのソフィアにもわかった。
「あなたが『霧の悪魔』として過ごした日々について、話をしたいのです。告解と消滅、あなたはどちらか好きな方を選ぶ権利があります。どちらを選びますか?」
ウィッテンの質問に、エレナは答えない。彼女は納屋の埃っぽい床をじっと見つめていた。
「エレナ」
「お願いだから、告解を」と言おうとしたソフィアの口を、ゲイルの手が塞ぐ。
「これはエレナが自分で決めるもんだ。黙ってろ」
ゲイルが耳元で囁く。
そんなのは、ソフィアだって分かっている。けれども無言を保つ友人の姿に、口を挟まずにはいられなかった。
沈黙が納屋を支配する。
やがて、ゆっくりとエレナが言葉を発した。
「……告解を。神父様、告解を、お願いします」
その言葉に頷いたウィッテンが、エリオを見る。エリオは持っていたカンテラをウィッテンのそばに残すと、入り口から様子を見ていたシグムントと共に納屋を出ていった。
「俺たちも出るぞ」
ゲイルに言われ、ソフィアもまた納屋を出ようとする。
「待って」
ソフィアを止めたのは、エレナだった。
「ソフィアちゃんは残って」
「え、でも」
秘匿性の高い告解に、第三者が付き添うなんて聞いたことがない。ソフィアがどうしたものかとウィッテンを見る。
「かまいませんよ、どうぞ」
ウィッテンの答えは軽いものだった。
ゲイルが納屋の外に出ていき、ソフィアが所在なさげに壁際に立つ。
こうして、ソフィア立ち会いのもとにエレナの告解は始まった。
「こちらをお借りしても?」
「はい、どうぞ」
近くにあった木箱の埃を払い、ウィッテンが腰かける。エレナはというと、エドワードを念糸で抱いたまま、彼の胸の前で両手を組んでいた。
「神と聖なる大樹の名において」
「神と聖なる大樹の名において」
ウィッテンとエレナの声がぴたりと重なる。
納屋の中に告解室特有の静謐さと、かすかな清涼感が広がるのをソフィアは感じた。おそらくウィッテンの声のせいだ。ソフィアが昇天しかけたミサのときのように、聖なる力を発揮しているに違いない。
「回心を呼びかけておられる神の声に心を開き、大いなる大樹の慈しみを信頼し、あなたの罪を告白してください」
ウィッテンの心地よい声が、エレナに真実を語ることを促す。
少しの沈黙の後、エレナはぽつぽつと語り出した。
「……私は、実の兄であるアルウィンと肉体的な関係を持ちました。兄はエドワードと改名しており、お互い実の兄妹とは知りませんでした。ですが、事実は変わりません。私は兄に心中を迫りました」
エレナの秘密が、ソフィアの前で語られていく。なんでも話せる友人としてこの場への立ち会いを許されたのだと思うと、彼女の言葉の一言一句を聞き逃すわけにはいかなかった。エレナの告白に、ソフィアがじっと耳を傾ける。
「心中を迫った理由は、兄が助祭を目指したいと言ったからです。私は兄に弄ばれたのだと思い、兄を許せませんでした。ともに死ぬことを選んでくれた兄でしたが、最期に言った『次の生でも兄妹になりたい』という願いを聞いた私は、ショックから兄と同じタイミングで首を吊れませんでした。私は……兄である『アルウィン・リザック』との関係ではなく、恋人の『エドワード・エリクセン』との関係を手に入れたかったのです」
エレナの唇が震える。




