第52話 ソフィア
屋敷に辿り着いたソフィアが、エレナを捜してあちこち飛び回る。しかしどこにもエレナはいない。
そういえば、夜にエレナを訪ねてくるのは初めてだった。
少し悩んでから、無礼を承知であちこちの部屋を覗く。もしかしたらエレナも、宿屋で寝起きしている自分のように決まった寝床があるのではと考えたのだ。
しかし見つかるのは生きている使用人と見知らぬ霊ばかりで、エレナはどこにもいない。
「おい、ソフィア」
ゲイルがソフィアを呼ぶ。その声に振り向くと、彼は窓の外を見ていた。
ゲイルの隣に並び、濃霧でよく見えない外へと目を凝らす。二階の窓から見下ろす闇の中を、ぼんやりとした小さな光が移動している。
光に誘われるように、ソフィアはゲイルを伴い、窓をすり抜けて外に出てみた。外はどうやら裏庭らしい。
近くまで行って判明した灯りの正体は、シグムントとエリオが持つカンテラだった。シグムントが先導する形で、ウィッテンとエリオを連れて濃霧の中を進んでいる。
こんな時間に、裏庭にどんな用があるというのか。
ソフィアは彼らの頭上を大きく飛び越え、庭の道に沿って先回りすることにした。庭に他の灯りはなく、ウィッテンたちから離れるとすぐになにも見えなくなる。
「ほれ」
ゲイルが念糸でカンテラを作り、ソフィアの行く先を照らしてくれた。
スムーズに進めるようになった道の先で見つけたのは、古びた納屋だった。離れたところには、倍近く大きな納屋もある。
まずは小さな方からと、ソフィアは壁をすり抜けて中に入った。
暗闇と思った内側を、ほわりと青白い光が照らしている。
光につられるように動かした視線が見つけたのは、念糸で白骨死体を抱くエレナだった。
ソフィアと目が合うなり、エレナが白骨死体を持ち上げて逃げようとする。
「待ってエレナ!」
思わずソフィアは、そんなに長くもない太い念糸を精一杯伸ばした。黒いローブを纏った白骨死体の足首に、ソフィアの念糸がぎりぎりで絡みつく。
エレナとソフィアに念糸でそれぞれの方向に引っ張られ、白骨死体が乾いた音を立てた。
「やめて、エドワードに触らないで!」
「ご、ごめん」
エレナの怒声に、ソフィアが念糸を引っ込める。
白骨死体はエドワードというらしい。名前がついていることにソフィアは驚いたが、白骨死体だって元々は生きていた人間だ。名前のひとつもあるに決まっている。
「あのさ、エレナ。今は外に出ない方がいいと思う。外にエクソシストがいるわ」
「あなたが連れてきたんじゃないの?」
「違うわ。ここに来る途中、庭を歩いているのを見かけたの」
「嘘じゃねえぜ。やつらがこっちに向かっているのを見て、先回りしたらこの納屋を見つけてな。で、中を覗いたらおまえがいたってわけだ」
壁をすり抜けてカンテラを作り直したゲイルが、ソフィアに加勢してくれる。
ソフィアの言葉だけでは疑うエレナも、ゲイルが言うのならば信じてくれたようだ。白骨死体のエドワードを抱いたまま、エレナは納屋の奥の壁によりかかるように座り込んだ。
乾いた音を立て、エドワードもまるで生者のように座り込む。よく見れば、ローブから覗いているエドワードの骨には、エレナの細やかな念糸が無数に絡みついていた。そこの念糸のおかげで、エドワードはまるで生きているかのような動きをしているらしい。
「ねえエレナ、もうやめよう? じゃないと、消滅させられちゃうよ」
懇願するソフィアを、エレナが気だるげに見やる。
「どうなったってかまわないわ」
「かまうわよ!」
エレナの投げやりな様子に、ソフィアは思わず彼女の肩を掴んだ。力のないエレナの青い瞳に、ソフィアの姿が映り込む。
「どうせあたしの前からいなくなるなら、消滅なんかじゃなく、ちゃんと旅立って欲しいの」
「旅立ちたくない理由もあるの。ソフィアちゃんには分からない」
エレナが視線を逸らす。
「そうよ、あたしには分からないわ。だってエレナが話してくれないんだもん」
ソフィアが申し訳なさそうな表情でエレナを見つめる。彼女はソフィアを見てくれないが、声は届いていると信じて、ソフィアは言葉を続けた。
「あたしは自分の軽率な行動で、あなたを傷つけたわ。だからまずは、それを謝りたい。……ごめんなさい」
自分のせいで、エレナは今夜ウィッテンを襲う羽目になったのかもしれない。そう思うと、ソフィアは悔しかった。
「それで、あの、もしよかったらなんだけど……あたしともう一度友達になって欲しいの。今度は、なんでも話せる友達として」
「もう一度? それ、今の状況が分かってて言ってる?」
エレナの視線がソフィアに向けられる。
「ソフィアちゃんは、もう『霧の悪魔』が誰か分かったでしょう? 私よ。私がたくさんの人を殺してきたの。ソフィアちゃんがお気に入りのあのエクソシストを襲ったのも私よ。全部、そう全部、私がエドワードと一緒にしたの」
エレナの顔には、まるで自嘲しているかのような笑みが浮かんでいた。
「そんな殺人鬼だったなんて知っても、ソフィアちゃんは私と友達になりたい?」
「ええ、なりたいわ」
エレナの視線を、ソフィアはしっかりと受け止めた。
「あたしがあなたをもっとちゃんと理解していたら、あなたを止められたかもしれない。でもあたしたちは、そこまでなんでも話せる間柄じゃなかった。たしかにあたしたちは出会って日が浅かったけど、話そうと思えばなんだって話せたわ。そりゃあ、エレナがしてきたおこないは許されないものだけど、それでもあたしとってエレナはエレナ。あたしが傷つけてしまった大事な友達なの。だから、もう一度ちゃんと友達になってくれない?」
ソフィアが言い終わると同時に、背後で納屋の木戸が開けられた。




