第50話
「でもきみは、『アルウィン・リザック』を捜してただろ? そんな子がいるって噂を聞いたよ」
たしかに一時期、私は兄を捜していた。この屋敷に来たのも、兄がここに引き取られたと知ったからだ。
でも実際には兄は屋敷におらず、街で訪ね歩いても手がかりすら見つけられず。
いつしか住人たちから疎まれているような気がしてきて、私は兄捜しを諦めてしまっていた。
「じゃああなたは、私の存在をもっと前から知っていたの?」
「いや、きみだとは知らなかった。ただ、そんな子がいるって噂を耳にしただけだよ。本当だ」
「どうして名乗り出てくれなかったの?」
「それは……ごめん、言えない」
「なんで」
「言えないこともあるんだ」
「私はあなたを捜して、このお屋敷に辿り着いて、メイドとして働いていたの。あなたがもっと早く名乗り出てくれていたなら、私たちの関係はこんなことにはならなかったわ。私は人生を捧げてあなたを捜していた。名乗り出てくれなかった理由、私だけには教えてくれてもいいんじゃない?」
「だめなんだ。きみと僕の安全の為にも、言えないんだよ」
「……あなたは都合のいい言葉を口にするばかりね」
重い落胆が、私の心を飲み込んでいく。
「私がそれで満足して引き下がると思った?」
そう言うと、私は右手を差し出した。握っているのは、二本のロープだ。
「あなたがなんと言おうと、私はあなたのしたことを、私たちの罪を、教会に言うわ」
エドワードが息をのむのが分かる。彼の緑色の瞳が、大きく見開かれていた。
「それが嫌なら、今すぐ私と死んで」
入り口の木戸を背にした私と、私が持つロープ。
二つの間を、エドワードの視線が行き来する。
「私は本気よ」
エドワードを許す気はなかった。彼が実の兄であり、私が捜していたと分かっていたのに名乗り出てくれなかったという真実を知ったからこそ、余計に許せなかった。
納屋の天井には、物を吊り下げるのに使うフックがいくつか打たれている。それらが充分頑丈なのは、確認済みだ。
踏み台にする木箱も、足りない分を持ち込んでおいた。
私たちが納屋にいる間、ここには誰も近づかないのはいつものこと。途中で発見されて未遂で終わるなんてありえない。
あとはエドワードがひとつ頷くだけで、私たちは死ねる。
「エレノア、自殺は罪だよ」
「近親相姦も罪よ」
「それは……」
エドワードが言い淀む。やはり彼も、後ろめたさを感じていないわけではないのだ。
「選んで」
彼の後ろめたく思う気持ちを後押しするように、私は選択を迫った。
納屋に重い沈黙が立ち込める。それは私たちの誤った幸福の代償のようだ。
ややあって口を開いたのは、
「分かった」
エドワードだった。
「エレノア、一緒に死のう。死んで、大樹を巡って、僕たちの人生をやり直そう」
このとき、私は久しぶりに嬉しかった。なにをしていても満たされなかった心を、エドワードが満たしてくれたから。私を突き飛ばして逃げる道もあったのに、エドワードはそれをしなかった。
彼は助祭になる道ではなく、私と共に逝く道を選んでくれた。
それは私にとって、この上なく大きな喜びだった。
「本当に死んでくれる?」
「きみが望むのなら」
そう言い、エドワードは私の手からロープを一本受け取ってくれた。
天井までは、二人ともさすがに背が届かない。木箱を積み上げてそれに乗り、フックにロープを結びつけた。頭が通るくらいの輪を作り、二人並んで己の頭を通す。
共同作業をしているようで、私は純粋にこの状況を愉しんでいた。
ここから新たな人生が始まると思うと、胸が躍る。二人で死んだら、きっとセフィロートを巡る旅も一緒にできるのではないかと、素人考えで信じていた。
エドワードと共に大樹を巡る旅に出て、共に再び生を受け、今度こそお互い正しい姿で出会える。
そう信じた。
「ねえ、エレノア」
落ち着いた声色で、エドワードが口を開く。
「今度生まれるときは、どんな関係になりたい?」
「そんなの、答えは決まりきってるわ」
今度こそあなたと夫婦になりたいのだと、私は心の底から願っていた。今の人生では絶対に叶わない夢を、新しい人生で叶えたかった。
「そうだね」
僕は、とエドワードが続ける。
「また今度生まれるときも、きみと兄妹でいたい。次こそ一生家族として繋がっていたいんだ」
それが、エドワードの最期の言葉になった。
木箱を蹴る音。
軋むロープ。
「……それじゃあ、だめなのよ……」
もがくエドワードの隣で、私はひとり涙を流していた。ついさっきまで私を包んでいた淡い幸福感なんて、あっという間に消え去ってしまった。彼と心がひとつになれたと喜んでいたのに、結局最期まで離れ離れのままだったのだ。虚しさが私の心に広がっていく。
「兄妹じゃ、またあなたを取られちゃうじゃない……」
完全に首を吊るタイミングを逃した私は、エドワードが絶命するまで泣くしかできなかった。
これから死んだら、自分は幽霊になるという自信があった。
セフィロートに旅立ちたくない。
旅立ってしまえば、再び生を受け、またエドワードを私以外のなにかに取られてしまうかもしれない。それが怖かった。
私はそんな未来よりも、今このときここに残った『エドワード』を独占する現在を選んだ。




