第5話
「そもそも行方不明になったエドワードは、私たちと会っていないんだ。しかも聖職者になる為の教育すら受けていない。私たちとはなにも関係がないよ」
キーゼルが通路の白い石柱にもたれかかる。片足が義足である彼は、体力のなさもあって長い立ち話を苦手としていた。だが元コンビのミゲルが珍しく悩んでいるとあって、話に付き合ってくれるらしい。
そんなキーゼルの様子にミゲルは気づいたが、自分の隣を勧めようとはしなかった。キーゼルとのコンビを解消したとはいえ、小さな遠慮をしあうような関係ではない。お互い座りたければ勝手に座るし、座る場所がなければ退けという。そういう仲だった。
「しかし、エドワードの失踪後から『霧の悪魔』事件が始まったのは間違いない。行方不明になった彼が巻き込まれるなりして関係しているかもしれんと考えないか? 少なくとも俺はそう考えている」
「だとしても、だ」
キーゼルが小さく肩をすくめる。
「会ったこともない者の為に私たちが心を割く必要はないよ」
「会えなかったとはいえ、一度は関係を持ちかけた相手だぞ?」
「ミゲル。きみは告解室に来た信者ひとりひとりの日々について、毎日気にかけているのかい?」
「それは、まあ、なんだ」
首都セーフェルの告解室はそれなりに忙しい。当番制ではあるし目が回るほど多忙というわけではないが、訪れる信者全員の告解を全て胸に刻み、彼らの日々について常に思案するというのは無理な話だ。キーゼルはそれと同じレベルで、今回ノルンからもたらされた要請の件について深く考える必要はないと言っている。
だが、ミゲルは素直に首を縦に振れる気分ではなかった。『霧の悪魔』事件に関わっているかもしれないエドワードについて、はっきりさせた方がいいような気がしてしまうのだ。
「……やはり、ノルンには俺が行くべきなのかもしれん」
「なんだ、それでそんなに悩んでいたのか」
「なんだとはなんだ! 人の命がかかっている事件なんだぞ!」
殴りかかってきかねないミゲルに、キーゼルが両手でなだめる仕草をして見せる。
「まったく。エクソシストは血の気が多くて困るよ」
「助祭は口が達者なやつばかりだな」
キーゼルとミゲルは、同時にため息をついた。だがこんなやりとりは、長年コンビを組んでいた二人にとっては仲違いの理由にすらならない。
先に口を開いたのは、キーゼルの方だった。
「だいたいどうするもなにも、ノルンの件なら別のエクソシストがとっくに出発したとも」
キーゼルがふっと微笑む。その様子に、ミゲルは目を丸くした。
「はあ? 今朝届いたばかりの依頼だぞ?」
エクソシスト要請の旨は、エクソシストを直轄している教皇ルーエル・ロウアーの耳に入ってから誰が向かうのか決定される。できるかぎり迅速に判断は下されるものの、ルーエルとて暇ではない。その日のうちに、それも昼前に誰かが出動していくというのは珍しい速さだった。
そんなミゲルに、キーゼルが淀みなく言葉を紡いだ。
「いるだろう、信仰心の塊みたいな威勢のいいやつが。エリオを連れて飛び出していったよ」
「ああ、なるほど……」
脱力したように、ミゲルが青空を見上げる。
「フェルベルト神父か」
ウィッテン・フェルベルト。司祭としては若いが、務めとあらば全力でそれに応えようとする信仰心の塊のような男だった。ルーエルからの命に二つ返事で応じ、医師としてのキーゼルの弟子でもある助祭のエリオ・アルバレスを伴って大聖堂を飛び出していく様子が目に浮かぶ。
自分が悩んでいる間に、とっくにその必要がなくなっていたとは。そのことに、ミゲルはひとり笑った。
青空からキーゼルに視線を戻せば、彼はやれやれといった様子で苦笑している。
「随分時間無駄にしたのではないか? 午後からはフェルベルト神父がいないから忙しくなるぞ」
「そうだな。午前は手を抜いてしまった分も、午後は働かないとな」
エクソシストが出動した場合、その分の司祭の仕事は大聖堂に残ったエクソシストたちが分担しておこなうことになっている。それはミゲルが出動したときも同じだ。つまりウィッテンがいない分、ミゲルの仕事量は増える。
ウィッテンたちは、大聖堂でのみ飼育している飛竜に騎乗して出発したはずだ。たいていの任務の往路は、移動速度が圧倒的に早い飛竜を使う。距離からして、ノルンに到着するのは夕刻を少し過ぎた頃だろうか。ミゲルはぼんやりとそんな計算をした。
「一応手紙でも送るか」
「ミゲル、きみのへたくそな字でかい?」
「代筆させてやろうか」
「こんなか弱い老人の仕事を増やさないでくれよ」
ただでさえ患者を診るので忙しいんだがね、と軽く笑い、キーゼルは去っていった。医術を修めた特殊な助祭の証である白い僧衣が、通路の奥へとゆっくり消えていく。彼が向かった先は、大聖堂内にある診療所だ。キーゼルはコンビを解消して以来、診療所で働いている。
キーゼルには気にするなと言われたが、一応エドワードの件はウィッテンたちに報せておいた方がいい気がする。ミゲルはそう考えた。どんな任務でも、手に入る情報は多いに越したことはない。
もちろん、伝えた情報がなんの役に立たなかったとしてもいいのだ。役に立たなかったということは、エドワードが『霧の悪魔』事件に無関係という一応の証になる。それは多少なりともミゲルを安心させるものだった。
できるだけ丁寧な字で書こうと思いながら、ミゲルは手紙を書くべく中庭を後にした。




