第4話 ミゲル
神より授かりし聖なる大樹セフィロート。人は死後、通常であれば魂のみの状態になると、この生命の樹セフィロートを巡る旅へと出る。
樹を巡り、神と交流して、再びこの世に生を受け、全ての命は循環する。
セーフェル教徒であれば誰もが知る理だ。
しかし実際には、様々な理由でこの世の留まってしまう魂もいる。
俗に幽霊と呼ばれる者たちだ。
そんな者たちを旅立たせるのもまた、セーフェル教の役目だ。旅立ちを望む死者は自ら教会へ出向き、助けを請うことが多い。
だが世の中は、そんな素直な死者ばかりではない。自らの意思で旅立ちを拒む者もいるし、生者へ危害を加える者だっている。
危険な死者がいる場合登場するのが、強制的に死者に干渉できる力を持つ司祭『エクソシスト』だ。
つるりと綺麗に禿げあがった頭に、険しい顔つきのミゲル・ロンベルクが、まさにそのエクソシストだった。セフィロートに存在するとされる門のひとつ『峻厳』の権化と呼ばれることもある、タフな精神の持ち主である。
そんな彼が大聖堂の中庭でベンチに腰掛け、腕組みをしつつずっと思案しているというのは非常に珍しかった。
エクソシストとはいえ、普段は通常の司祭としての務めがある。決して暇ではない。ましてアルカナ神聖国の首都セーフェルともなれば、セーフェル教の総本山として日々多忙だ。
しかしそれを承知の上で、ミゲルは中庭でじっくり考え事をしていた。
昼前の中庭でそれを見つけて足を止めたのは、ミゲルと同期の助祭キーゼル・フランツだった。ある意味峻厳を体現しているミゲルの頭部とは対照的に、豊かな白髪に覆われたキーゼルが苦笑いを浮かべる。
「なにも顔面まで峻厳を体現しなくていいじゃないか。そんな顔でいられると、皆も中庭に近づきがたい」
「やりたくてやっているわけではない」
キーゼルの軽口を受け流しはするものの、ミゲルの表情は相変わらず険しい。残念ながら、キーゼルの軽口でもミゲルの意識を目前の悩みから逸らせはしなかった。
ミゲルの口元がもごもごと動く。言うか言わないか常にはっきりと決める彼にしては稀であった。ややあって、その口が重く開かれる。
「キーゼル、『霧の悪魔』の話は覚えているか?」
ミゲルの言葉を受け、キーゼルの視線が記憶を探るように動く。そして思い出したようで、キーゼルは両手をぽんと叩いた。
「やあ、これはまた懐かしい名前だ。あれはたしか四年前。まだ私が足を一本失っていなくて、きみとコンビを組んでいた頃ではなかったかな。たしか見習いくんを迎えるべくノルンの町に行った後に起きた事件だね。風の噂では、連続殺人事件だとかなんとか。あの頃も今も、きみの頭皮の峻厳ぶりは変わらないね」
穏やかな笑顔とは対照的に毒の効いたキーゼルの軽口に、ついにミゲルの眉がぴくりと動いた。『峻厳の権化』といえども、コンプレックスはあるのだ。そう何度もそれをつつかれては、心の安寧が保てなくなりそうだった。
だがキーゼルがこれだけからかってくるからには、自分は相当ひどい顔をしているに違いない。そうでなければ、いくら元相棒といえどもここまでからかってくるはずがない。
言い返したい気持ちをなんとか抑え込み、ミゲルは平静を装って口を開いた。
「その『霧の悪魔』だがな、また出たそうだ。エクソシストの派遣要請が今朝届いた」
ミゲルの顔の険しさがより一層増す。
「キーゼル、『霧の悪魔』事件が始まる前に奇妙なことがあったのを覚えているか?」
「……ああ、見習いくんと仲が良かったとかいう女の子が自殺したやつだね」
キーゼルの言葉に、ミゲルが重々しく頷く。
「そうだ。現場の様子から見習い……エドワードだったか、その男と心中をはかったかと思われたが、現場にエドワードの死体はなかった。それ以来エドワードは行方不明。殺人事件の可能性があるとして、現地の騎士団に調査を任せた件だ」
助祭になりたいという青年のエドワードをミゲルたちが迎えに行った日、教会で待ち合わせているはずの彼の姿はそこになかった。そこへ飛び込んできたのは、エドワードと懇意にしていたという少女の死体が見つかったという報せだ。エドワードは結局見つからず、ミゲルは当時相棒だったキーゼルと共に手ぶらでノルンを後にしたという過去がある。
「あれから進展があったかどうかは知らないが、あくまであの事件は騎士団の仕事の範疇だ。我々には関係ないよ」
ミゲルの悩み事について、キーゼルは気づいたらしい。その上で自分たちには関係ないと真っ当な意見をくれる。
『霧の悪魔』の正体は、行方不明になったエドワードではないか。
それが、ミゲルの悩みだった。
しかし一度でも聖職者を志した者が、突然殺人鬼になるだろうか。
おそらく恋人だったと思われる少女を自殺に見せかけて殺して、なんの得があるのか。
いくら考えたところで、自身に経験もなければ話を聞いたこともない類の謎は、さすがのミゲルでも分からない。
そんなミゲルの悩みを払拭しようとしてくれるのもまた、悩みを察知してくれたキーゼルだった。




