第48話
「先代の領主や執事はことあるごとに、私に『できないのならば裏口から捨てる』と言いました。おそらくエドワードは、髪や目の色が私と同じであるというのなら、私より前にここに連れてこられた人物ではないでしょうか。執事たちの様子からするに、私が来る前に別の養子がいたような気配がありますので。おそらくその『エドワード・エリクセン』という名前も、屋敷から追い出すときに改名させたのでしょう。この屋敷に引き取ったときの名を名乗らせては、どこからハーシェル家に繋がるか分かりませんので」
エレナの恋人だったエドワードは、シグムントと同じ境遇の人間だった。
もしこの家に引き取られる順番が逆で、シグムントが捨てられていたならば、自分はエレナの恋人になれただろうか。
ふとそんなことを思いつき、シグムントは心の中で自嘲した。そもそも自分がいなければ、エレナはこの屋敷で働けなかった。もし彼女がメイドとして働けたとしても、シグムントがエレナと出会えたかは怪しい。
結局どうあがいても、自分はエレナと結ばれないのだなと痛感した。
「血の繋がりなどとっくに絶えているのに、いまだに執事に操られて家だけが存在している。おかしいでしょう? しかしハーシェル家がなくなれば、領民が困るのは事実です」
もしハーシェル家が潰えてしまえば、別の家が領主になるだけだ。しかしその領主が必ずしも善良とは限らない。領民になんの不安も与えない領主を供給し続けるという点だけで言えば、執事にコントロールされているハーシェル家にも使い道があった。
「これがハーシェル家が抱える秘密と、私が推測する『エドワード・エリクセン』の正体です」
「よく話してくださりました」
ウィッテンの労いに、シグムントは自然と微笑んだ。
「いえ……たぶん、私も誰かに話したかったのだと思います」
まるで心の底に溜まっていた澱がなくなったかのように、シグムントは胸がすっとした。そんな気持ちでウィッテンを見れば、彼の表情は穏やかなものに感じられる。
「『エドワード・エリクセン』が改名後だとすると、本名が『アルウィン・リザック』だったっていう可能性も出てくるね」
エリオの言葉に、ウィッテンが頷く。シグムントは頭が痛くなった。『霧の悪魔』が探している人物は、まさかシグムントと同じ境遇の者だったというのか。それこそ領主の呪いではないか。
「エレナというメイドが兄を探していると言っていましたし、可能性は高いですね」
ため息をつきそうになっていたシグムントは、ウィッテンの言葉に敏感に反応した。
「エレナ? 神父様、エレナをご存知なのですか?」
「ええ。今も屋敷で働きながら過ごしているようですよ」
「そうですか……」
エレナはいまだ旅立っていないと知り、残念な気持ちになる。
しかし同時に、彼女がこの屋敷を嫌っていなかったのだと安心した。
「エドワード・エリクセンですが、教会に住みながら町の人々を手伝って暮らしていたようです。彼についてなにか知りませんか?」
シグムントが落ち着いた心で受け止めるウィッテンの声は、もう鋭利な響きではない。いつも屋敷で会うたびに聞いていた、耳に心地いいものだった。
「ええ、知っています」
もうなにも隠すことなどない。シグムントの気持ちは晴れやかだったのだが。
「エドワードはエレナと付き合っていました。……ん? ちょっと待ってください。もしもエドワードがアルウィン・リザックだとしたら」
エレナの姓はリザック。そして彼女は、兄を探していた。あってはいけない想像がシグムントの中で膨れ上がる。
「裏庭にある古い納屋で、二人はよく会っていました。この執務室から裏庭はよく見えるので、エレナが行き来していたのを何度か見かけました。ですが、まさか、よりにもよって」
「落ち着いてください、シグムントさん」
ウィッテンの声に、シグムントが深く息を吸う。
「もしかしたら恋人同士と思っていたのは周囲だけで、二人は兄妹として会っていたということだってあります」
「そうですね。……この屋敷には納屋が二つありますが、主に使われているのは新しい方のみです。そしてエレナたちが会っていたのは、ほとんど使われていなかった古い納屋でした」
「今もその古い納屋はあまり使われていないのですか?」
「そのはずです。神父様は、エレナの死因をご存知でしょうか?」
「ええ。首を吊って亡くなったと」
「それが、その古い納屋でのことです。そのせいで今でも近づきたがる使用人はいません。私自身も事件以来あそこには行っていませんね。ところで」
シグムントはずっと気になっていた質問を口にした。
「その白骨は、誰のものですか?」
その問いに、ウィッテンがわずかに悩んだ顔をみせる。
「不明です。ただ、『霧の悪魔』はこの白骨遺体を操り、住民を襲っていました。犯人にとっては、少なくともひとり分の白骨遺体を隠せる場所が必要です。古い納屋に行ってみてもよろしいですか?」
「ええ、かまいません。案内しましょう」
身寄りがないエレナの遺体の埋葬には、シグムントも立ち会った。埋葬場所はシグムントが選んだ。ノルンは町外れの丘に墓地があるのだが、その中でも町をよく見渡せる一角にしたのだ。自殺を選ぶほど辛い思いを味わったはずのエレナに、せめて少しでも広い景色を見せてやりたかった。
それだけに、もしこの白骨が掘り起こされたエレナのものだとしたら、シグムントは犯人が許せなかった。もうこれ以上彼女には傷ついて欲しくない。
いつか泣いて裏庭を走っていった彼女の姿が、ぼんやりと思い浮かぶ。
あのとき、すぐにこの執務室を飛び出して彼女を抱きしめていたら。
己の不甲斐なさで、胸が苦しい。
だがまだ、この白骨はエレナと決まったわけではない。どうか無関係であってくれという祈りにも似た気持ちを抱きつつ、シグムントは立ち上がった。




