第47話
「あのさ、僕、外に出てた方がいい?」
エリオが遠慮がちに片手を上げる。純粋に気を利かせてくれたのかと一瞬考えたが、おそらく助祭の彼がそう言ってきたのは、シグムントの話が告解になるかどうかを問うているからだ。
シグムントは首を横に振った。
「かまいません。いつかは誰かにばれると思っていましたし、告解ならとっくにこの町の司祭様に聞いていただきました。それに、こんな馬鹿げた風習がいつか途絶えるのを、私は望んでいる」
シグムントは椅子の背もたれに背中を預けた。革張りの椅子が、優しく受け止めてくれる。この四年の間に、体はすっかり領主の椅子に慣れてしまっていた。
「私の本当の名前は、ゴードン・ターナーといいます」
その名を口にすると同時に、シグムントの心がふっと軽くなる。
「行商で生計を立てていた両親が野盗に襲われて亡くなり、孤児院で育ちました。あと数年で孤児院を出なければいけないという年に、私を引き取ったのが先代の領主です」
シグムントを迎えにきたのは、執事だという男だった。たいていの養子縁組は年の若い子供から決まっていくのに、わざわざ大きな自分を引き取りたいというのは珍しいと驚いたものだ。
養子縁組はスムーズに決まり、シグムントはなにやら緊迫感が漂う目隠しされた馬車で、夜中にこの屋敷へと連れてこられた。
この執務室で初めて顔を合わせた先代領主の、シグムントを値踏みするような視線がよみがえる。
『今度こそ大丈夫だろうな』
『はい、間違いなく』
そんな先代領主と執事の会話が、今でも耳の奥に残っている。
いったいなんの話をしているのか当時はさっぱりだったが、ウィッテンの質問のおかげで、シグムントはやっとそれを理解した。あのときの会話は、自分の前にもうひとり同じ境遇の人間がいたからこそのものだ。
「おそらく神父様は、もうハーシェル家に伝わる奇妙な風習も知っていると思います。子が生まれても領民には一切報せず、嫡子ですら領主として就任するまで存在を隠されるという習わしです」
「ええ、何度かその話を耳にしました」
「それは、ハーシェル家の呪いのせいです」
シグムントも最初は単なるお話だと思っていたが、それを裏付けるように存在しているのが、執務室に飾られた歴代領主の肖像画だ。
「その昔、生まれた赤子の姿を見て妻の不貞を疑った当主がいました。妻は身の潔白を主張しましたが、激怒した当主は妻と赤子を斬り殺したそうです。それ以来ハーシェル家に生まれた赤子はすべて一歳を迎える前に死ぬようになり、養子を引き取るしかなくなった……と、執事が私に話してくれました」
執事がその話をしたのは、シグムントの結婚に関係するからだ。
『どうせ子を成さぬ夫婦です。相手の顔や名前を知る必要はありません。あなたの妻となる人物は、この屋敷に足を踏み入れることはないのですから。すべて私にお任せください』
内心シグムントを馬鹿にしているような光を目に浮かべていた執事の顔が、今でも忘れられない。
「子に恵まれなくなったハーシェル家は、領民の為に存在しているのではありません。代々裏から支配してきた執事の家の為に存在しているのです」
シグムントはつい鼻で笑ってしまった。こうしてあらためて口にしてみると、己の存在が滑稽で仕方ない。
「いつか私も孤児院から養子を迎えるでしょうが、そのときの条件になるのが髪と目の色です。当然です。似てもいない赤の他人の子を実子と周囲に認知させるには、髪や目の色を揃えるのがもっとも簡単ですから」
もし自分が違う髪や目の色だとしたらどんな人生になっていたのかと、シグムントはあらためて思う。少なくともここで、家の恥から始まる秘密の呪いについて語る必要などなかったはずだ。
「養子は嫡子としての条件を満たすかどうか、厳しくチェックされます。同時に礼節や領主としての知識を叩きこまれ、騎士団を率いるべく剣術を教えられる。まるで最初から本当にハーシェル家の子供だったかのように仕込まれるのです」
要求に応えられなければ、教育係でもあった執事が容赦なく教鞭を振るってきた。最初こそシグムントも抵抗したり悲鳴を上げたものだが、徐々にそれもなくなった。諦観が心を満たしたからだ。それに、課題をクリアさえすれは痛い思いをせずに済む。
「もしも養子が条件に満たない場合は……裏口から外に出され、まったく別の人間として生きるそうです。『そうです』というのは、私が実際に体験していないからです。もしその経験があるのなら、私は今ここにいない」
あの時期の経験を乗り越えて領主として存在しているという事実だけが、シグムントが誇れる唯一のものだった。おそらく自分を馬鹿にしているであろう使用人たちの視線にも、あの生き地獄のような日々を乗り越えたという自信があればこそ耐えることができた。




