第46話 シグムント
くすんだ金髪に、緑色の瞳。そんな判で押したような特徴ばかりが目立つ肖像画が見下ろす執務室に、ランプが灯る。それを点けたのもまた、くすんだ金髪に緑の双眸というシグムントだった。ウィッテンたちにソファを勧めると、シグムントは自身も窓を背にして置かれた己の椅子へと腰かけた。
「それで、話というのはなんでしょうか?」
わざわざあらたまって話がしたいと切り出してくるからには、ウィッテンの用件はあまり他者に聞かれたくない類だとシグムントは考えた。
ソファに腰かけたウィッテンの瞳が、ランプの光を反射して艶めいた金色に輝く。こんな状況でなければいつまでも眺めていたくなる美しさだと、シグムントは素直に感じた。助祭のエリオはというと、まるで影のように静かにウィッテンに付き添っている。
「まず『霧の悪魔』ですが」
ウィッテンが口を開く。
「正体は死者だと考えられます」
シグムントの机上には、錆びた両手斧と白骨化した片腕が置かれていた。
「白骨遺体を操り、生者を襲っているようです」
淡々と語るウィッテンは、いつもの優しげな姿とは大きく異なり、鋭い印象を受ける。照明の影響ではないはずだ。
「そしてその遺体が持っていた斧ですが」
ウィッテンの言葉に、シグムントが斧へと視線を落とす。すっかり錆びた刃の付け根には、飾りが施されていた。その模様は、剣が十字に交差した紋章だ。
「この印、ハーシェル家のもので間違いありませんね?」
「……」
食器や様々なもの――特に、紛失すると困るものに、家の紋章はついている。たしか執事がそう言っていた。
「ここにある肖像画の額縁にもついてるし、間違いないよね?」
静かに座っているとばかり思っていたエリオが、追い打ちをかけてくる。
「……そうですね、我が家の紋章です」
隠す理由も、方法も、シグムントにはなかった。
「なぜ『霧の悪魔』が、あなたの家の物品を持っていたのでしょう?」
ウィッテンの問いに、シグムントは首を傾げるしかできなかった。
「さあ……私にも分かりません。なにしろ、これが紛失していたと私は今初めて知ったのです」
目の前に転がっている古い斧は、なんらかの理由で紛失し、だいぶ経っているのは間違いない。ひどい錆は、今までの犠牲者の血によるものだろうか。だとすれば斧に四年分の怨念が宿っているように感じられて、シグムントはぞくりと背筋が寒くなった。
「あなたの家では凶器となりうる危険なものを紛失したとき、執事からあなたに報告はないのですか?」
「たとえ紛失が判明しても、執事が私に報告するなんてまずありません。……お恥ずかしい話なのですが、私と執事はさほど仲がよくない。最低限の会話しかしないのです」
「殺傷能力がある物品の紛失は、充分最低限の会話と思われますが?」
「それでも、そういったものは執事が独断で処理しまうのです。執事からは、私は『領主』という椅子に座らせておく人形だと思われているので」
ウィッテンにそう答えてから、シグムントは我ながら情けないものだとつくづく感じた。執事とうまくやっていけない主人など、聞いたことがない。
自分以上にハーシェル家について知り、実質支配している執事を、シグムントは信用していなかった。一緒にいてもまるで監視されているようで落ち着かない。
他の使用人と違ってシグムントの行動に直接口を出せる執事の存在は、邪魔でしかなかった。だが彼が屋敷に関する様々な雑務の管理をしてくれているのは、間違いない。
それに、彼がハーシェル家の秘密を握っているという事実がわずらわしい。
できるならば信用できる新たな執事が欲しかったが、ハーシェル家の秘密を知る執事が出しゃばってくるのは分かりきっている。
どうしたものかと、シグムントはこの四年間悩んでいた。
「それからもうひとつ、確認させてください」
執事について頭を悩ませるシグムントに、ウィッテンの声がかかる。
「あなたは『エドワード・エリクセン』という男性に、心当たりがありませんか?」
どきりとした。それはエレナの恋人の名前だ。しかしシグムントは実際に彼を見た覚えがない。訊かれたとて、答えられる話などなにもない……はずだった。
「それはいったい誰でしょうか?」
「おそらくあなたと同じ境遇の男性と思われます」
「……どういう意味ですか?」
「あなたは、ハーシェル家の血を受け継いだ『シグムント・ハーシェル』ではない」
ウィッテンの言葉に、シグムントは自分でも顔がひきつるのが分かった。じっとりと嫌な汗が滲む。
いったいこのエクソシストは、なんの情報を掴んだというのだ。
動揺を隠しきれないシグムントを前にしても、ウィッテンの様子は一切変わらない。彼がどんな情報を掴み、なにを考えているのか。シグムントは純粋に恐ろしかった。自分の執務室だというのに、閉じ込められているかのような錯覚に陥る。
「エドワードもあなたも、そして歴代の領主たちも、皆髪と目の色が同じです。何代にも渡って全員が同じというのは、偶然で考えるならば素晴らしい確率になる」
そして、と落ち着いた声色でウィッテンが続ける。
「ハーシェル家の現当主であるあなたは、本来ならばよき相棒であるはずの執事と仲が悪い。そんなに不仲ならば今の執事を解雇し、別の人間を雇う方がはるかに有益です。しかしあなたは、それをしない。いや……できないのではないですか?」
穏やかなウィッテンの口調に、シグムントはいつしか追い詰められていた。
「なぜなら執事は、あなたの秘密を握っている。だからこそ、解雇するわけにはいかない」
シグムントが執事を解雇できない理由は、ウィッテンが語るとおりだった。
ハーシェル家の秘密を知る使用人たちを束ねているのが、今の執事――彼の家系だ。もし強引に執事だけを雇い直したら、使用人たちは今までのように秘密を守れるだろうか。
無理だ。
一旦戒めが緩んでしまえば、必ず誰かが口を開き、ハーシェル家の秘密があっという間に漏れ出ていく。
「教えてください、あなたの真実を。『霧の悪魔』に繋がるかもしれないそれを」
ウィッテンの金の双眸が、まっすぐにシグムントを見つめてくる。男や女などといったものを超越したような次元で、この司祭の青年は美しい。その宝石のような瞳は、まるでシグムントの心の中まで見透かしてしまうかのようだった。
もうこれ以上隠しても、どうにかなるものでもないだろう。シグムントはゆっくりと頷いた。




