第43話 エリオ
シグムントとの合流時間まではまだ余裕があったので、エリオは教会を出てからはウィッテンとともに酒場を巡っていた。エドワードについて聞き込みをしていたのだ。
だが老司祭が語っていたものと同じ話しかなく、これといって収穫がなかった。そんなものだから、行方を知っている者などいるはずもない。四年前に失踪した彼のその後については、なにも聞けなかった。
無情に時間だけが過ぎ、シグムントとの合流時間が迫る。あとはシグムントに訊くしかないと考えつつ、エリオはウィッテンと並んで屋敷への道を歩いていた。
夜も更けてくると、一段と霧が濃くなる。ノルンではいつもの夜の光景なのだと分かっていても、よりにもよって騎士団員が襲われた翌日では少々気味が悪かった。
普通――といっても、この場合なにが普通かよく分からないのだが――の殺人鬼ならば、騎士団員を襲おうだなんて考えない気がする。酔っ払いを襲う方がはるかに簡単だ。
それとも、無防備な一般人を見つけられなかったから、騎士団員を襲ったとでもいうのか。
そうまでして犠牲者を増やそうとする『霧の悪魔』の心情など、エリオには分からない。もし理解できればその行動パターンの解析に役立つかもしれないが、分かりたくもないというのがエリオの本音だ。
襲える対象が減ってきたら、いつか自分たちも襲われるかもしれない。エリオもウィッテンもノルンの住民ではないが、『霧の悪魔』について調べている。そんな自分たちの存在は、『霧の悪魔』にとっていつか邪魔になるはずだ。
もし襲われたとしても、エリオは戦闘能力といったものは皆無だ。こういう不気味な気配が漂う場所では、エリオと真逆で腕の立つ相方を頼るのが一番だ。
エリオがウィッテンとの距離をもう少し詰めようとしたとき。
ひゅっ、と風を切る音がした。
エリオが考えるより先に、ウィッテンに体を強く押される。
エリオが住宅の壁に背中を打ち付けるのと、石畳を叩く重い金属音が響いたのは、ほぼ同時だった。
ウィッテンがレイピアを抜刀する涼しげな音を、エリオの耳が拾う。
エリオは壁沿いに腕を這わせた。指先が角を見つける。本能ともいえる速度で、エリオは家と家の隙間に体を滑り込ませた。遅れて、背中を打った痛みがじわじわ効いてくる。
襲撃を受けたらまずは、エリオは自分の身の安全を確保する。それがウィッテンとのいつもの約束だった。
狭い隙間からわずかに顔を覗かせて見れば、真っ白な濃霧の中でウィッテンが何者かの攻撃を受け流していた。レイピアと短剣で巧みに攻撃を捌く姿は、まるで踊っているかのように華麗だ。エリオが一瞬見惚れる。
ほう……とうっとりしてから、エリオはぶるぶると頭を振った。見惚れている場合ではない。先ほど石畳に当たった音からして、相手の武器は重量がある。ウィッテンの得物でまともに受けたら、折れてしまいかねない。
相手の姿は濃霧ではっきりと見えないが、頭からすっぽりと黒いローブのようなもので覆われたシルエットをしている。その体からは、青白く光る糸が伸びていた。
念糸だ。
エリオは即座に理解した。
『霧の悪魔』は死者か、魔術が使える者が関わっている。
観察している間にも武器同士がぶつかり、霧の中で火花が散る。
ウィッテンを守らなければと、エリオは両手を胸の前で組んだ。
「第七の奇跡、ネツァク」
唱え、祈りを捧げる。するとウィッテンの体がうっすらと青白い光に覆われた。エクソシストと組む助祭が起こせる、唯一の奇跡――一般的に魔術と呼ばれるものの類――がこれだ。エリオの祈りが続く間、ウィッテンは急所を攻撃されたとしても即死しない。
大事な相方の無事と勝利を願い、エリオは普段ろくに捧げもしない祈りを必死に捧げた。




