第37話 ウィッテン
いったいソフィアは、いつから部屋の中にいたのか。まったく気づかなかった。ウィッテンとしては疲れていないつもりだったが、実際はそうでもないらしい。エリオに言った「体を休めるように」という言葉がそのまま自分に返ってきてしまっている。
ソフィアに会うのは、これで三度目だ。
初めて目にしたときはオレーリアを強く想起させたが、意識がしっかりした状態で見てみるとさほど似ているというわけでもない。オレーリアが持っていた陽光のような凛々しさや華やかさというものは、ソフィアにはなかった。それでもオレーリアを思い出したのは、ソフィア本来の活発さを物語っているような、大きなはしばみ色の瞳のせいだろう。
「なにか知っていたら、話せる範囲でかまわないので教えてください」
怯えさせないよう注意を払いつつ、ウィッテンがソフィアに尋ねる。
霊に断りもなく部屋に入られて生活を覗かれるのは、ウィッテンとてあまり気持ちのいいものではない。そこそこ慣れてきたとはいえ、いまだに思うところはある。だが今はそれよりも、少しでも手がかりが欲しかった。
「エレナって、このお屋敷でメイドをしていたエレナのこと?」
ソフィアの問いに、ウィッテンは静かに頷いた。
ソフィアの視線がきょろきょろと動く。なにかを迷っているようだったが、ややあって、彼女は口を開いた。
「エレナなら、今もこのお屋敷にいるわ。茶色くて長いおさげ髪の、メイド服の子。たまに出かけるけど、ほとんどいつもお屋敷にいるの。今もお屋敷のどこかにいると思う」
「なるほど」
手がかりは意外と近くにあると知り、ウィッテンは多少心が軽くなるのを感じた。やはり自分は疲れているようだ。普段ならば調べものがひとつ増えたくらいでは、あまり面倒だと思わない。
「でも、あなたが探している子と同じかは分からないわ。どうやって死んだとか、そういう話は聞いてないの」
「かまいません。とても貴重な情報です。ありがとう」
「あの」
ソフィアが不安げな表情を浮かべる。
「エレナには、あたしが教えたって絶対言わないで。お願い」
「分かりました」
ソフィアとエレナの間には、なにか事情がありそうだ。しかしあまり余計な詮索はすべきではない。そう考え、ウィッテンはそれ以上をソフィアに問わなかった。
ソフィアがまるで逃げるように、壁をすり抜けて姿を消す。彼女の気配がなくなると、エリオが口を開いた。
「なんか意外なところから手がかりが出てきたねえ」
「壁を聖別しなくてよかった、といったところか」
ウィッテンたちが住んでいる家は、エリオの強い希望で家を丸ごと聖別しているので、霊は宅内に侵入できない。
だがシグムントの屋敷はそうではない。廊下を歩くと見かける様々な霊と同じで、ソフィアのような霊が好き放題出入りできる。
いつもは多少わずらわしさを感じる普通の壁もたまにはいいものだなと、ウィッテンは思った。そうしてから、自分もまだまだ修行不足だと恥じる。本来ならばいつどんな霊が現れても、彼らに『フェルベルト神父』として柔軟に対応できなければいけないはずだ。
生者だけでなく死者にも寄り添うのが、セーフェル教なのだから。
「手分けするかい?」
「いや、まずは少し休もう」
眠そうなエリオの様子を眺めながら、ウィッテンは言った。見回りを終えてからは、ミサの前にわずかな仮眠をとったきりだ。さすがにエリオがかわいそうである。
「そう言ってもらえて助かったよ。それじゃあ、またね」
「ああ」
緩慢な動作で椅子から立ち上がり、エリオが部屋を出ていく。それを見送ってから、ウィッテンは髪をひとつにまとめていた銀のリボンをほどこうとして――手を止める。
休まなければと思うのに、どうも心がざわついて眠る気になれない。
睡眠と調査を天秤にかけて――ウィッテンの天秤は、調査へと傾いた。そっと部屋を出る。
屋敷はその古さのせいもあってか、幾人も霊の姿がある。だがそのほとんどが、おとなしくここに留まっているだけのようだ。ウィッテンを見ても昇天の相談をしたがる様子もない。
もし彼ら憎悪の念を抱いてこの場にいるのだとすれば、『霧の悪魔』事件よりも先に、「宅内にいる霊をなんとかしてくれ」という旨の依頼があるに違いない。しかしそれがないからには、霊たちはただこの場にいるだけで無害である。穏やかに過ごしているような霊たちに、特に警戒が必要な雰囲気はなかった。
茶色くて長いおさげ髪の、メイド服の少女。
ソフィアが教えてくれた外見に合致する霊を探す。使用人だったと思しき霊は数人いるものの、なかなか見つからない。
霊たちの姿を確認しつつ歩いているうちに、ウィッテンは階段を下り、一階のロビーにまで来ていた。だが歩き回った甲斐あって、エレナと思しき霊を見つける。
まるで今でもメイドとして仕えているかのように、彼女は念糸で作ったと思しき箒で掃除をしていた。
「お仕事中、すみません」
「え? あ、はい」
少しだけ驚いたような顔を見せたが、すぐに微笑みを浮かべてこちらを見てくる。年の頃はソフィアと同じで十代後半くらいのようだ。しかし醸す雰囲気はメイド服のせいもあってか、とても落ち着いている。




