第36話 エリオ
「ねえウィッテン、今夜も見回りに行くのかい? 昨日は頑張ったんだし、今夜はゆっくり休もうよお」
「ぼやく暇があったら、少しでも体を休めておけ」
ミサの片付けを終え、屋敷でシグムントと朝食を食べた後。客室へと戻ってくるなり、エリオが大あくびをする。しかしそんな彼の提案は、ウィッテンに受け入れられはしなかった。「そりゃそうだよね」と小さく呟き、窓際の椅子にどっかり腰をおろす。自分の客室は隣室なのだが、エリオは当然のようにウィッテンの客室にいた。
ウィッテンはというと、ほぼ徹夜のような状態にもかかわらずその美貌は相変わらずだ。自慢の主人兼幼馴染は、今日もどんなものより美しい。
だがウィッテンがその容姿を褒められるのを嫌っているというのを、エリオはよく知っている。
その麗しい容姿につられてウィッテンに寄りつく女性信者や霊は多い。実際今朝のミサの集客ぶりも、それが大きな理由だ。その証拠に、女性が圧倒的に多かった。たいていどこの地方に行っても、ウィッテンが上げるミサの男女比率は似たようなものになる。
やたらウィッテンの周りをうろちょろしていたソフィアという霊も、容姿につられて近づいてきたに違いない。
ウィッテンを美しいと思わない人間は男女問わずまずいないだろうが、だからといって外見ばかり注目されるのは、エリオとしても面白くなかった。
しかしわざわざウィッテンに寄りつく彼女たちに、外見につられるのはウィッテンに嫌われるぞと教えるわけがない。彼女たちとウィッテンの間にはエリオが常に割って入れば、ウィッテンは嫌な思いをしなくて済む。
それに、エリオ自身がウィッテンの気分を損ねなければそれで満足だった。他の誰がウィッテンに嫌われようがどうしようが、知ったことではない。
別にウィッテンに結婚して欲しくないわけではない。むしろウィッテンが選んだ相手であれば、エリオは祝福する気満々だ。ただその相手は、わざわざエリオが忠告せずとも、ウィッテンの容姿以外の部分に興味を持って出会って欲しいと願う。
せっかく司祭は妻帯できるのだ。いつかはオレーリアを忘れられるような相手とくっついて、楽しい老後を迎えて欲しい。
まあ、ウィッテンはエリオが見ているかぎり結婚について微塵も考えていなさそうなのだが。
「ところでさ、ウィッテン。さっき教会で手紙を預かったよ。きみ宛にセーフェルから届いたって」
大聖堂と教会のやりとりには伝書鳩が飼育されているが、この手紙は伝書鳩を使わずに通常の速達便で届いたという。差出人が個人的にウィッテンに伝えたい話なのだなとエリオは思った。シグムントの屋敷ではなく教会に届いたのは、単に自分たちの居場所を大聖堂に報せていなかったからだ。
エリオが懐から出した封筒を受け取り、ウィッテンが差出人をたしかめる。
「……ロンベルク神父?」
「そ。『峻厳の権化』ミゲル・ロンベルク神父。珍しいよねえ、他のエクソシストが任務中のエクソシストに私的に連絡してくるなんてさ」
エリオが手にしていたペーパーナイフを、ウィッテンがごく自然な動作で手に取る。
己の存在がウィッテンにとって空気のように当たり前であるというこの環境が、エリオにとっては非常に心地よかった。ウィッテンが素のままで話してくれ、無意識に頼ってくれるのだ。これを喜ばない理由なんて、エリオの中には存在しない。
手紙の封を切ったウィッテンが、内容に目を通す。
まさかミゲルにかぎってそんな真似はしないと思っているが、その手紙にウィッテンを傷つけるような言葉が記されていないようにと、エリオは願う。外傷はエリオがすぐに治療できても、心についた傷というものはほとんどの場合手の施しようがないのだ。つまらぬもので、ウィッテンの心が傷ついて欲しくない。その金の双眸は、彼に似合う綺麗な世界だけを見ていて欲しい。そうエリオは願っていた。
そのウィッテンが手紙を読み終え、小さく息をつく。
「調べる人間が増えた」
「え?」
「四年前、この町である事件が発生している。当時ロンベルク神父がこの町に『エドワード・エリクセン』という青年を訪ねてきたそうだが、その頃に発生した事件らしい」
向かいの椅子に腰かけたウィッテンが、手紙をエリオに見せてくれる。お世辞にも上手とはいえない字が躍る文面に一応目は通すものの、集中力はどうしても耳に心地いいウィッテンの声へと向いてしまった。
「四年前っていうと、シグムントさんが領主に就任したって時期じゃない? 『霧の悪魔』が出始めたのもその頃だよね」
「そうだ。その時期に、この屋敷で事件があったそうだ。エドワードと仲のよかったメイドの少女『エレナ・リザック』の遺体が、屋敷の納屋で発見されたそうだ。エドワードは行方不明。殺人事件での捜査もされたが、結局状況証拠からエレナが首を吊っての自殺として処理されたようだ」
そのとき、はっと息をのむかすかな音がした。
エリオとウィッテンの視線が同時に動く。
視線の先には、部屋の隅からこちらを見ているソフィアがいた。
いつの間に室内に侵入したのか。エリオが心の中で舌打ちをする。『フェルベルト神父』ではない素のウィッテンをソフィアに見られたという事実も気に入らないが、それ以上に彼女のせいでウィッテンが『フェルベルト神父』として振る舞わなければいけなくなったことが腹立たしかった。
エリオが苛立ちも露わに立ち上がろうとした瞬間、ウィッテンがそれを手で止めた。どんなに面白くない状況でも、主人に制止されてしまってはエリオも引っ込むしかない。
「今の話について、なにか知っているのですか?」
どうやらウィッテンが『フェルベルト神父』を演じ始める方が、わずかに早かったようだ。




