第33話
「僕たちに……いや、ウィッテンに近づくなって、あのとき言わなかったっけ?」
腕を組んだエリオが、住宅の壁にもたれかかってソフィアを見ていた。機嫌がよくないのは、カンテラに照らされた彼の表情を見ればわかる。
どうやらエリオは、ソフィアたちとは別の方角から来たらしい。
エリオがここにいるからには、きっとウィッテンも近くにいる。もし出会ってしまえば、エリオに一度注意されたにもかかわらず行動を改めていないと知られる。せっかく酒場では悪い印象が残っていなかったと確認できたのに、これでは無意味だ。
「僕、あまり同じこと言いたくないんだよね」
疲れるからさ、とエリオが気だるげに呟く。
「でも一回じゃ分からなかったかな?」
「おまえ……」
ゲイルが呆れたようにソフィアを見てくる。ウィッテンの部屋を覗きにいったという話は、ゲイルにまったく話していなかった。
「それともあれかな。酒場で少し上手く話せたからって、調子に乗ったかな?」
人懐っこそうな笑みはどこへやら、射るようなエリオの視線に、ソフィアは存在しない心臓が縮む思いだった。
しかし、ソフィアにも言い分はあるのだ。ここで引き下がるわけにはいかない。
「でも、捜査の手はいくらあってもいいでしょ? 騎士団の人たちじゃ、死者が見えないんだし。それにあたしたち、さっき怪しい念糸を見かけたわ。見失っちゃったけど、事件に関係あるかもしれない」
残念ながら念糸を見失ったせいで、ソフィアにはこんな言い方しかできない。それでも貴重な目撃証言なのではと、ソフィアは考えていた。
「それにあたしたちがもし『霧の悪魔』を捕まえられたら、それこそウィッテンも助かると思うし」
「おまえがウィッテンを呼び捨てにするな!」
エリオの鞭のように厳しい叱責がソフィアを襲う。
「ウィッテンの仕事はおまえみたいな霊の相手なんかじゃないし、ましておまえらに仕事を手伝ってもらう必要もないんだよ。事件に関係ないただの霊が出しゃばらないでくれるかな。関係もないのにふらふらされると、こっちも注意を払う霊の数が増えて大変なんだよね」
エリオが指摘するとおり、ソフィアたちは今回の事件とは無関係だ。囮になれるわけでもないし、なにか確実な情報を持っているわけでもない。
そう、ただの部外者だ。
ウィッテンの迷惑にならない最善の方法は、他の霊のように隠れることだ。
そのとき、遠方から男の声がした。エリオを呼ぶそれはウィッテンのものだと、ソフィアはすぐ気づいた。彼の耳に心地いい声は、とても分かりやすい。
「ともかく」
エリオが口を開く。
「司祭に用があるなら、この町の教会にでも行くんだね。もうこれ以上ウィッテンに近づこうとするなよ。あと、仕事の邪魔もごめんだからね」
そう言い捨てると、エリオはウィッテンの声がした方へと去っていった。血のような汚れが目立つ白い僧衣が、あっという間に濃霧に飲み込まれて見えなくなる。
エリオと同じ方向へ行けば、ソフィアはウィッテンに会える。優しいウィッテンだ。ソフィアが危険な目に遭っていないか、そして怪しいものを見ていないか、ひとつひとつ丁寧に言葉をかわしてくれるに違いない。
だがそれはソフィアを満足させるだけであり、ウィッテンにとっては不要な時間だ。
その時間があればウィッテンは重要な情報に辿り着けるかもしれないし、もしかしたら『霧の悪魔』自体を捕まえられるかもしれない。考えるほど、今自分がすべき行動は、残念ながらウィッテンに会うことではないという結論に至る。
「なあソフィア、おまえさあ」
エリオの去った路地で、ゲイルが呆れた声を出す。
けれどもそれにめげずに、ソフィアはゲイルを見た。
「あたしは『霧の悪魔』捜し、やめないわよ。絶対に見つけて、あたしがウィッテンの役に立つって証明してみせる」
ソフィアは間違いなく部外者だが、彼の役に立とうとするとはやり『霧の悪魔』捜ししか思いつけない。ウィッテンの迷惑にならないように捜し回る分には、エリオに文句を言われる筋合いはないだろう。
鼻息も荒く宣言すると、ソフィアはエリオと逆方向へ進み出した。




