表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ghost Life~キミハヒカリ~  作者: Akira Clementi
第2章 生者と死者と

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/35

第31話 ある男の思い出

 一応『父』である先代領主の死は、あっけないものだった。その体を蝕む病の名は、なんだったか。それほど、私は父に興味がない。

 それに領民に必要なものは先代の訃報ではなく、新たな領主の存在だけだ。

 先代の遺言に従い、自分が息子であると公表し、教会で就任の挨拶をする。

 有能ではあるが人としては一切信用できない執事が整えた手はずどおりに、すべては進む。そんな光景は、単なる芝居のようだった。


 どうせ執事も他の使用人たちも、腹の中では皆同じことを考えているのだ。


『血の繋がりなんてないくせに』


 と。


 だがそれを口にすれば、彼らは失職する可能性がある。私がその気ならば、町にもいられなくなるだろう。

 父と血の繋がりはなくとも、実際に領主として権力を握ったのは私なのだ。

 皮肉な話だが、執事以外の使用人の生殺与奪は、彼らに見下されている私が握っている。それにどうせ使用人たちは、禁句を口にしないだけで日々の生活の糧が保証されるのだ。屋敷の主として彼らの給金は把握しているが、なかなかいい金額である。そんな美味しい思いができるのならば黙っているのが、人というものだろう。


 実際、血のつながりがない者が領主になり続けてきたとはいえ、問題などなかった。だからこそこのハーシェル家は存続してきた。

 私も今までの領主も、この家を存続させる為の単なる人形でしかない。


 ひとりになった執務室で、椅子に腰かけて窓の外を見る。大きな窓からは裏庭が見えた。特に誰に見せるわけでもない場所だが、よく手入れされている。

 ……この見事な仕事をしている庭師も、きっと私を見下しながら働いているんだろう。


 そんなに見下すのならば、私と代わってみればいい。代々の領主と同じ髪色と瞳の色をした男子というだけで突然屋敷に連れてこられ、あれもこれもと義務や期待を押しつけられ、そのすべてに応えられなければ先の人生はないと脅され、拒否することなど許されるまま生き、そしてある日突然領民たちの命を背負わされる人生を。


 外は澄んだ空が広がっているというのに、私の目に映る世界はどんよりとした灰色だった。


 ふと、視界に見覚えのある姿が映った。

 裏庭を駆け抜けていったのは、私付きのメイドであるエレナだ。見間違いでなければ、泣いていたようだが。いつもきっちり結んでいたあの長いおさげ髪も、こころなしか乱れていたような気がする。


 彼女は古い納屋で恋人と密会を重ねているが、喧嘩でもしたのだろうか。

 あのおとなしいエレナを泣かせた相手に軽い苛立ちを覚えたが、それだけだ。別に彼らの関係に介入する気などない。


 そもそも私には、そんな権利はない。


 たしかエレナの恋人は、エドワードとかいう教会に住む若者だ。屋敷にパンを届けにくるついでに、いつもエレナと納屋で過ごしている。毎日会うからには、相当仲がいいに違いない。エレナから直接「恋人です」と教えてもらったわけではないが、二人がそういう関係だと容易に想像がつく。

 だが詳しく知ったところで、私には関係ない。


 なぜなら、エレナは私を見てはいないからだ。


 どうせ喧嘩をしたのなら、これを機に二人が別れてしまえばいい。私が考えるのはその程度だった。願いが叶ったところでエレナが私に振り向いてくれるわけがないのは分かっていたが、彼女が泣くくらいなら別れてしまえと考えてしまうのだ。

 領主という役柄を演じる為だけに用意された私は、人らしい魅力というものが薄い。自分でもつまらないと感じるほどだ。趣味らしい趣味もないので、心を躍らせるような事柄もない。


 だが幸いにして私は領主なのだから、エレナがメイドを続けてくれる限り彼女の生活は保障してやれる。彼女が望むのなら、エドワードの屋敷への出入りだって禁止できる。

 エレナを心から笑顔にする方法は知らないが、彼女が再び幸せを見つけ、笑顔を取り戻すまで守れるのだ。


 そう考えてみれば、領主という人生も多少はいいもののように思えた。


 エレナの存在は、私の味気ない生活の中に唯一存在する光のようなものだ。


 エレナの姿が見えなくなった景色から視線を外し、執務室を見回す。

 数日前まで先代領主のものだったこの執務室には、歴代領主の肖像画が飾られていた。どれも私と同じ、くすんだ金髪に緑の瞳という男たちだ。遠い昔の一組の夫婦が犯した愚行が、この血の繋がりがない歴代領主の肖像画群を作り上げた。そしてその呪いは、おそらく私にも降りかかる。

 領主就任の次は、執事が見つけてきた相手との見合いが待っているだろう。今まで一切の外出を許されず、執事に見張られながら生活してきたのだ。自分の領地のくせに、街の通りがどう繋がっていて、どこにどんな店があるのかも知らない。そんな私に、胸ときめく偶然の出会いなどというものは存在しない。


 だが、もしかしたら。

 卑しい考えが脳裏に浮かぶ。


 エレナとエドワードの関係に亀裂が入ったのであれば、私が割って入るわずかなチャンスになるかもしれない。


 エレナを想う気持ちはとても淡いものではあるが、ずっと温めてきた。彼女を想うときのかすかな感情の揺らぎを感じるたびに、私は「人形」ではなく「人間」なのだと思える。


 だが、もし奇跡が起きて私とエレナが結ばれたとしても、子供は望めない。ハーシェル家の実子として生まれた赤子は、皆呪いで死ぬのだから。


 私は愛する人とその子供に、悲しみしか与えられないのだ。その結果、エレナは深く傷ついてしまうかもしれない。エドワードがなにをしてエレナを泣かせたのかは知る術もないが、エレナの素朴な笑顔を壊してしまえば、私はエドワードと同じクズに成り下がる。


 そこまで考えて、私はひとりだというのについ笑いをこぼしてしまった。


 エレナが結婚してくれると決まったわけでもない。それに求婚すらしていないのだ。ずいぶん先の未来を考えて心配したものだなと、我ながら笑えた。

 もちろん求婚する気はない。私が彼女を幸せにできないというのも理由だが、きっとエレナが欲しているのは、私からのものではないからだ。

 それでも私は、彼女の静かな生活を守るだけの力を手に入れた。エレナが私に仕えてくれる間くらいは、彼女をなるべく幸せにしようとひとりで誓う。


 やはりエレナという存在は、私の心の支えになっているのかもしれない。こうして誓いを立てたことで、街に出てみようという前向きな気持ちが湧き上がってきた。己の存在を公言できた今、大手を振って街を歩けるのだ。


 領主という名の歯車なりに、せめて自分らしく生きたい。

 今まで息をひそめて生きていた分を、取り戻さなくては。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ