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Ghost Life~キミハヒカリ~  作者: Akira Clementi
第2章 生者と死者と

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第26話 エリオ

「街中で霊ひとりひとり捕まえるより、こっちの方が断然よかっただろ?」


 シグムントが教えてくれたすべての店への聞き込みを終えて、エリオは勝ち誇った顔をしていた。

 ちなみにウィッテンはというと、


「気持ち悪い……」


 川のほとりでうずくまっていた。街灯の光から外れた茂みでうずくまる彼の姿は、紺色の僧衣のせいもあって闇に溶け込んでしまいそうだ。


「律儀に全部飲むからだよ。あれほど無理するなって最初に言ったのに」

「残したら農家に申し訳ないだろう?」

「ええっ。気にするところ、そこ? まあ言わんとすることは分からないでもないけどさあ」


 エリオがハンカチを川で濡らす。秋の夜の水はよく冷えていた。これならウィッテンも気持ちいいはずだ。

 ぐったりとしたウィッテンにハンカチを差し出せば、彼は緩慢な動作でそれを受け取り、顔を埋めた。


 エリオたちの作戦は、途中まではよかったのだ。

 仕事中だからと言い一番弱い酒を注文し、ウィッテンのペースに合わせて飲みながら、情報を集める。


 そう、三軒目まではすべてがうまくいっていた。


 問題は最後の四軒目だ。


 店主からのサービスだとかで、紅茶酒が出てきた。牛乳で割っても美味しいと店主が作ってくれたのだが、それでもウィッテンには無理な強さだったらしい。エリオがウィッテンに残すようにとこっそり囁いたが、『フェルベルト神父』が店主の善意を断るなんて話はない。

 なんでもないかのように酒杯を空にしたウィッテンと店を後にして、さあ屋敷へ戻ろうかという途中で――ウィッテンは力尽きた。


 だが今日の『フェルベルト神父』の夜は長い。シグムントと一緒に見回りへ出るのだ。なんとか彼を回復させなければならない。それがエリオの使命だった。


「ちょっと薬取りに行っ」

「いや、いい。大丈夫だ」


 エリオが言い終わるより早く、ウィッテンがエリオの僧衣の裾をがっちり掴んできた。


 効果は抜群の薬なのだが、ウィッテンはいつも嫌がる。まるで小さな子供のようで微笑ましくもあるが、やはり嫌がられるのは少しばかり悲しかった。

 たしかに、強い粘性のあるあの薬は飲みにくいとエリオも感じている。しかしあれでも、医術の師匠であるフランツ助祭から教わったレシピよりはだいぶましになるよう改良したのだ。一応こちらとしても努力はしている。


 薬が不要ならば、あとはウィッテンのそばに寄り添うしかできない。残念な気持ちを抱きながらも、エリオはウィッテンの隣に立っていた。


 霧が深くなってきた。もうすぐ繁華街も寝静まる頃だろう。

 どこの店でも、四年前に『霧の悪魔』が出るようになってからは、遅い時間まで出歩く者が減ったとぼやいていた。そしてそんな客の動きに合わせ、酒場も繁華街にしては早い時間に閉店してしまうのだとも。特にシグムントがなにか発令したわけではないが、夜のノルンは自然と静まるようだった。


 さすがにこの時間、領主の屋敷に向かう者などまずいない。涼しげな小川のせせらぎと、虫のさえずりだけが、エリオとウィッテンを包む。


「なんかこういうの懐かしいなあ」


 ぼんやりと、エリオは記憶の糸を手繰り始めた。


「あれってたしか、きみが家出したときじゃなかったっけ。たしかきみがアルベール様に模擬試合でボロ負けして、泣いて家を飛び出したんじゃなかった?」


 今でこそウィッテンも落ち着いた大人になったが、子供時代は兄に負けては年相応に悔しがって自制がきかないという場面もあった。懐かしさで、エリオが目を細める。


「負けたには負けたが、幼年学校時代の話だ。あと泣いてない」


 ハンカチに顔を埋めながらも、ウィッテンははっきりと返答してくれる。エリオが考えていたより、意識はしっかりしているらしい。エリオは安心した。


「あれ、そうだっけ? なんか川辺で慰めた覚えがあるんだけど」

「夕食がパエリアだから早く帰ってきてと言われたな」

「ええーっ、それしか覚えてないの? ひどくない?」


 言いつつも、エリオの表情は笑っていた。


「僕、きみを探して街中走り回ったんだからね」

「そうだったか? うちからは街より川の方が近かったはずだぞ」

「もう、冷たい幼馴染だなあ」


 遠い昔の出来事だが、ウィッテンは意外とちゃんと覚えてくれていた。それがエリオには嬉しい。

 ウィッテンが家を飛び出すなど、エリオが付き人になってから初めてだったのだ。屋敷の外の川辺で見つけたまではよかったものの、なんと声をかけていいのか分からず暫く悩んだものだ。あの頃はウィッテンを見てとても綺麗だと思うと同時に、まだ彼の金の双眸の力強さに慣れきっていない時期だった。


 おそるおそるウィッテンにかけた言葉が、


『今日の夕食はパエリアだから、早く帰ってきなよ』


 だ。


 今だから思うが、ウィッテンはほうっておいてもひとりで立ち直って帰ってきた。けれども付き人であるという己の立場を引いても、エリオは幼馴染としてウィッテンが心配だったのだ。


 あの頃は既に、ウィッテンという人間に魅了されていた。そして今や彼は、エリオの大切な宝物だ。

 思わぬ場所で過去の思い出に浸っていたエリオの隣で、ウィッテンがゆっくり立ち上がる。


「もう平気なのかい?」

「ああ、これくらいならなんとかいける。すまなかった」


 いまだにエリオのハンカチを握ったままだが、ウィッテンが歩き出す。それを追いかけようとして、


「ふ……ふふっ、ははは!」


 エリオは思わず笑い声を上げた。


「きみ、お尻が大変なことになってるよ! ははは!」

「はあ? ……うわっ」


 ウィッテンがうずくまっていたのは茂みだ。そのせいで彼の尻に植物の葉でも当たっていたに違いない。夜露で僧衣にしっとり濡れた大きな染みができていた。


「問題ない。そのうち乾く」

「いや、そりゃそうだけどさあ」


 ウィッテンがこんなドジをするのは珍しい。エリオが腹を抱えて笑う。そんな様子を、ウィッテンは困ったように見てきた。


「そんなに目立つわけでもないだろうに。よく分かったな」

「光に当たると、意外と目立つもんだよ。いいさ、着替えは余分に用意してるんだ。部屋で着替えよう」

「準備がいいな」

「そりゃあ、もう二十年近くもきみの付き人をしてるからね。なんでも任せてよ」


 ウィッテンの不測の事態への対処の中でも、着替えを余分に用意しておくくらいエリオには簡単だった。


「エリオ、二軒目の店にいた霊を覚えているか? マスターの後ろに隠れていた、ソフィアという少女の霊なんだが」

「ああ、いたねえ。なんかカワウソに似てる子」

「カワウソ」


 ウィッテンが噴き出す。


「ウィッテン、きみがなにを考えてるかはなんとなく分かるよ。オレーリアを思い出したんでしょ? ……あ、勘違いしないでね。僕、オレーリアをカワウソみたいなんて思ったことないから」

「大丈夫だ。俺も、オレーリアをカワウソみたいだと思ったことはない」


 ソフィアのはしばみ色の長い髪や好奇心旺盛そうな瞳は、オレーリアを想起させた。だがこうして笑っているところを見るに、ウィッテンはエリオが心配するほど気落ちしているわけではないようだ。


「ねえウィッテン、オレーリアのことだけどさ……あれは仕方ないんだと、僕は今でも思ってるよ。ああいう結末しかない物語みたいなもんさ」

「物語、か」

「そう、物語。だから、あんまり自分を責めなくていいと思う」


 ウィッテンは、元婚約者のオレーリアを自分が殺したようなものだと考え続けている。その自責の念は何度告解したとて軽くなりはしないと、エリオも知っていた。ウィッテンが苦しむ様を、一番近くで見てきたのだ。


 それでも折を見てこうして少しずつ削り取っていけば、いつかは彼の心も少しは軽くなるのではとエリオは考えていた。

 間違いなくオレーリアの死が、元々信仰に篤かったウィッテンをエクソシストの道へと進ませた。まるで己を傷つけるかのように『フェルベルト神父』の仮面を被り続けるウィッテンを見ているのは、エリオだって辛い。今すぐにとは言わないが、せめていつか『フェルベルト神父』の生き様が安らかなものになってくれればと、エリオは願っていた。


「ほら、『フェルベルト神父』は今から見回りに行くんだろう?」


 エリオがウィッテンの尻を叩く。

 無理ばかりする『フェルベルト神父』の仮面を今すぐ脱がせることはできない。だが、そばで少しでも支えることはできる。

 それだけが、エリオがウィッテンに対してできる最大限の親愛の情を表現する方法だった。


「お尻の濡れた僧衣なんか着替えて、びしっとキメていかないとね」


 言うと、エリオはウィッテンの背中をぐいぐい押して歩き始めた。

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