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Ghost Life~キミハヒカリ~  作者: Akira Clementi
第2章 生者と死者と

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第25話

「そういえば神父様、今度の日曜日は神父様がミサを上げるんですって?」


 マスターが振った聞き逃せない話題に、ソフィアの耳がぴくりと動いた。


「おや、よく知っていますね」


 やっと酒杯に少し口をつけたウィッテンが肯定する。


「酒場なんて噂が集まる場所だもの。すぐ耳に入ってくるわ」


 マスターは自分のグラスをあおった。空にしたグラスに、彼が自分で酒を注ぐ。紅茶の安らぐ香りがふわりと広がった。


「皆今はああやって馬鹿みたいに騒いでるけど、不安で仕方ないのよ」


 注ぎたての一杯を、マスターが軽く舐める。酒場を切り盛りしているだけあって、酒には強いらしい。その顔色はまったく変わる気配がなかった。


「あと一時間もしたら、皆でまとまって家に帰るの。いい年した酔っ払いたちがね、正体不明の『霧の悪魔』に怯えながら、ひとかたまりになって夜道を歩いていくのよ。笑っちゃうでしょ?」


 まあ、とマスターが続ける。


「そういうアタシも、他のお店のマスターたちと一緒に帰るんだけどね。どこも霧が濃くなる前に、店を閉めちゃうの。お客さんがいなくなっちゃうから当然よね。それに、やっぱり自分の身って可愛いじゃない?」

「実際に被害が出ているのですから、不安になるのは当然です」

「うふふ、ありがと」


 ウィッテンの言葉に気分をよくしたようなマスターに、エリオが小さく笑う。


「別にマスターが可愛いから危ないですよって言ってるわけじゃないからね?」

「あらぁ、助祭様ったら一言よ・け・い」


 マスターの野太い笑い声が響く。

 陽気にしているかと思いきや、マスターはウィッテンたちに顔を近付けて声を潜めた。


「で、『霧の悪魔』なんだけどね……領主様の呪いだなんて噂もあるものだから、皆余計に不安なのよ」

「その話なら耳にしたけど、なんで呪いだなんて言われてるわけ?」


 エリオの問いに、マスターは肩をすくめた。


「誰が言い出したのかも、どうしてかも分からないわ。気づいたら街中に広まってた噂よ。おおかた不安に駆られた誰かが、なにかしらの理由をこじつけたかったのね。たしかに事件が始まったのは今の領主様が就任なさってからだから、そのへんが元ネタになった噂じゃないかしら。……領主様からしたら、不名誉な話よねえ。アタシだったらブチギレて犯人締め上げてるわよ」

「それをしないあたり、おおらかな領主様ってことかな?」

「そうね。商売についてうるさく口を挟んでこないし、不公平な条件も出さない。主産業の農業に関してだって、不作の年に一時的に減税はしても、豊作の年は増税もせず領民に還元してくれてる。この四年間、『霧の悪魔は領主の呪い』なんて話以外、悪い話を聞いた覚えがないわ」


 マスターの話を聞きつつ、ソフィアは領主の姿を思い出そうとしていた。間違いなく目にしたはずなのに、どんな姿だったかぼんやりとしか思い出せない。けれどもそんな記憶に残らない印象の領主は、エレナやマスターの話を聞くかぎり優しい人物らしい。


「まあ、そんな噂がある中で最近また事件が起きたものだから、住民が不安になるのよ。そこにセーフェルから評判の神父様が来てミサを上げるって話になれば、すぐに広まるってわけ」


 マスターの説明に、ウィッテンがなるほどといった様子で頷く。


「ずいぶん話が広まるのが早いと思ったら、そういうわけだったのですね」

「元々小さな町だから、なにかあったら光の速さで広まるわよ。で、今度はこの酒場から『噂の神父はとびきりのイケメンだ』って広がっていくの」

「それは恐ろしい」


 ウィッテンが苦笑する。


「それにしても、領主様もかわいそうよねぇ。ずっと隠して育てられて、急にお父様が亡くなったからって『はいあなたが次の領主です』って担ぎ上げられて、それでもがんばってるところに『霧の悪魔は領主の呪い』だなんて噂を立てられて……。本当、同情するわ。アタシなんかの同情じゃ全然足りないとは思うけど」

「隠して育てられた?」


 マスターの言葉に、エリオが食いつく。マスターがひとつ頷いた。


「そ。うちの領主様って、就任するまでどんな方か分からないの。生まれたことさえ秘密。正体が判明するのは、就任の挨拶のとき」


 マスターがふう、と小さなため息をつく。


「赤ん坊の頃から、こんな小さな町の中で息をひそめて生きるのよ。隠される側からしたら、たまったもんじゃないわよねえ。アタシたちは別に後継ぎじゃなくても、お子様が生まれたらお祝いする気満々なのに。不思議な慣習よねぇ。貴族ってよく分からないわ」


 なかなか重い話だが、マスターにかかると軽い世間話のようにさらりと流れていく。


 その後はウィッテンとエリオの杯が空になるまで他愛のない話が続いたが、正直ソフィアは内容をよく覚えていない。主にエリオとマスターが話していたからだ。ただ、たまに差し込まれるウィッテンの声がとても心地いい響きだったのは覚えている。

 ウィッテンの声とシードルの甘い香りが混ざりあい、ソフィアはふんわりとほのかに酔ったような心地を味わった。


 死んでよかった。


 心の中で、何度も呟いた。

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