第15話 ある女の思い出
私がエドワードと出会ったのは、領主様の屋敷だった。料理人が席を外していた調理場に、彼がパンを届けに来たのだ。それを料理人の代わりに私が受け取ったのが、最初の出会いだった。
お互い、一目惚れのようなものだったと思う。
目が合った瞬間、自分の欠けた部分を見つけたような気になったのだ。
年齢はエドワードの方が三つ上。
彼は老齢のパン屋に代わり、いつもパンを屋敷に届けてくれているのだという。他にも彼は、街で様々な手伝いをして働いているようだった。
おそらく彼は、住民たちに好かれているのだろうな、と私は思った。くすんだ金髪に緑の瞳というエドワードはごく普通の顔立ちだけれど、人当たりがよく温厚だ。嫌われる要素などない。
屋敷でメイドをしていると、街にはお使いくらいでしか出かけない。私はほとんどの時間を屋敷の中で過ごしていた。
休日に出かけることは多少あったものの、最近では住民から疎ましく思われているような気がして、街から足が遠のいていた。
私がこの屋敷で働くきっかけになった目的を達成できないのは、悔しくて仕方ない。でもあまり目立ったことをすると、私の雇い主である領主様の評判にも傷をつけてしまう。そうなってしまったら、私は屋敷にいられない。元々孤児院を逃げ出してきた身だ。他に行くあてなどなかった。
エドワードは、いつも同じ時間にパンを届けてくれる。料理人は私たちの関係を深読みしたのか、いつの間にかパンの受け取りは私の役目になっていた。
エドワードはパンを届けた後は、少し時間が空くらしい。私も仕事がひと段落する頃だったから、たくさん話をした。
二人とも孤児院育ちだということ。
お互いの仕事について。
どこに住んでいるのか。
休日の過ごし方。
いつしか私たちは、屋敷の裏庭にある古い納屋で過ごすようになった。
納屋は二つあったが、主に使われているのは片方だけだ。私たちが入り浸って話し込むようになった納屋には、冬の雪かき道具や、長年使っていなさそうな古びた斧、なにに使うのかあてもない木箱など、ほとんど日の目を見ないものしかなかった。
明かり取りの小さな窓を開けると、爽やかな風も入ってくる。二人でのんびり過ごすにはちょうどよかった。
老いた庭師も、私が街でおかしなことをして回るくらいならと思ったのか、私たちがこの納屋を使うのを黙認してくれた。
私たちを邪魔するものは、なにもなかった。
いつしか休日は街や自室ではなく、納屋でエドワードと過ごすようになっていた。
とても幸せだったと思う。
「まるで秘密基地ね」
そんな私の言葉に、「無邪気だね」と微笑んでくれるエドワードは、私が憧れる男性像そのものだった。優しく、穏やかで、私よりもたくさんのことを知っている。まさに夢見ていたとおりの男性だった。
彼に初めて抱きしめられたときは、体が溶けてしまうくらいの幸せを感じた。
彼とずっと一緒に暮らせたらいいのに。
結婚して、彼に似た子供を産んで、二人で仲良く年を取っていくのだ。
彼と体を重ねるたびに、私はそう思うようになっていった。
この屋敷に来たのは、ひょっとしたらエドワードに出会うという運命に導かれた結果かもしれないとさえ考えていた。
とても、幸せだった。




